久しぶりの快晴に包まれた鴨川。木屋町通りと川端通りの間を流れ、京都を語るに最も風情溢れる川。人の心を和ませ、愛を育む川。その鴨川にクレーン車が2台。水の流れは陽を照り返しながら淀川へと流れていく。鴨川の夏の風物、床の組み立てが開始されたのだ。きのう迄肌寒かったのに夏の訪れである。
きょう、定時総会が開催された。ゼネコンの総会である。
理事をしているので開催時間の1時間前に行かなければと、
コンビニで買ったサンドイッチを食べながら車を走らせる。
もしかしたら(昼飯が出ないかも)と思ったからである。
案の定でなかった。腹の減るほど腹が立つものは無い。
ホッとした。総会が始まった。今年は役員改選の年である。
会長に一任となっていたので、再任されるとは決まっていない。議事が進み新役員の発表となった。そこには私の名前が無かった。安心である。今年は当り年なので外れて欲しかった。希望どうりになった。町内会長を引き受けていたのでこれ以上はいいと想っていたや先だけに解放された気分になった。やれやれである。時間に束縛されることが少なくなった。安心‥‥。
大阪天満橋・エルオオサカ。今日の研修の場所である。
昨年,通った所なのに電車を降りての道順がピンとこない。
思い出しながら地下の改札を終え階段を上る。とんでもない所に出た、急ぎ足にウロウロしながらやっとの事で
大通りに出る。大事な専門の研修である。やっとのおもいで
会場へ。朝早く出たのにぎりぎりである。
先日の研修と違って、真剣に受けることが出来た。
何事も本人の意志の問題だなあと、今日の1日を振り返る。
明日からの仕事のこと、仕事の手配の事を考えながら帰途に着いた。
いつものように玄関を開ける。廊下の突き当たりにリビング
のドアがある。ドアを開けると、ベビー布団が敷いてあり、
孫がスヤスヤと寝ていた。その布団が無い。孫の寝顔も泣き声も無い。楽しみにしていた光景がもう無い。里帰りしていた娘と一緒に帰ってしまっていたのだ。わずか1ヶ月しかいなかった娘と孫。寂しさだけが残った。人間、不思議なもので今までそんな事など考えもしなかったのにポッツカリと穴が開いたような空虚な気分になる。新しい気持ちで何か嬉しくなるようなことを見つけよう。自分の生きがいの為。
遅咲きの桜が、堀川通りに、二条城の外堀に咲いている。
二条城の北に位置する会場にて研修が行われた。
2度目の研修である。国家試験に挑戦したものの不合格。再度の挑戦である。今更、と思ったが、只今60歳。一つの区切りとの想いから、受けることにした。
同じ講師と同じ教科書のせいなのだろうか、子守唄のように聞こえるのか、眠くて眠くて仕方が無かった。
緊張感がまるで無いなあ、と感じそんな事ではいけないと思いながらも寝てしまう。自分の情けなさに泣いた。
次の研修は、専門の研修である。ましてや大阪に会場を移してである。真剣に気を引き締めて行こうと誓う。
4月といえば、総ての活動の始まりである。
私が所属している組合もそうである。今年は役員改選の年。
理事推薦委員会の発足、総代の人選、草木も色鮮やかに花を咲かせ、新緑が芽吹き、いっそう新鮮な感じがする。
しかし、人間の組織はそうわ行かない。しがらみや、感情が作用し、大変な作業である。それと同時に、責任者は総会の資料作りに奮闘しなければならない。色んな苦労を惜しまず
頑張って、組合員の皆さんに知って戴くという所からの出発
である。苦労してこそ人間が出来るというけど、本当にそうだろうか。とはいえ、誰かがやらなければ前へ進まないのが現状である。組織の中で、上に立つこと程しんどいものは無い。現在は、自分さえ良ければ言いという人が増えてきたように思える。その中で和やかに連帯の絆が出来ていくことを望む。
我が家にも春が来た。
裏庭に、鉢植えにされた藤の花が置いてあった。折角、庭が
あるのに植え替えてやろうと思いつき、植え替えてみた。
解き放された開放感であろうか、伸びるわ、伸びるわ、見ているまに葉をつけ、枝を伸ばし、電気のパイプで作った簡単な藤棚にいっぱいに張り巡らした。最初の年は、葉っぱばかり、何で? 手入れしないからや! 言われて枝を切った
なんと!次の年、蕾をつけ、きれいな藤の花が咲き乱れ目を楽しませてくれた。それからというもの毎年咲いている。
或る時、ディサービスのある老人ホームへ行ったとき、
葉ばかりであった。不振に想い聞いてみた。
藤の花は、古い枝はハラッテやらないと花をつけないと植木屋に聞いたという答えが返ってきた。なるほどなあ!
何でも古いものはとりはらうべきなんだ。と、1人感心した。
陽に映えて 蕾ふくらむ 藤の花
松下電工主催の全国防災会社様・感謝状贈呈式が、名古屋観光ホテルの3階「那古」において開催された。
その席上で記念講演が行われた。演題は「知っているようで知らない健康の常識」。講師は、おもいっきりテレビに出演されている松原英多先生である。息つく暇も無いほど流暢に判り易くお話をされたのには驚いた。人間の脳の衰えは何歳か?という問いがあり、色々な意見が出された。答えは73歳。脳を活性するには、パソコンもスイッチを入れなければ起動しないように、人間の脳のスイッチは、欲張りになることだという。食欲、色欲なんでもいいから欲を持つことだ。それがスイッチとなり、活生するらしい。脳に血液を送ること(良く奥歯で噛むこと)酸素を送ること(深呼吸をするか姿勢をよくすること)他にも色々教えていただいたが、‥‥。
非常に参考になり、興味がわいてきて短い時間に感じられた。
大阪南港にあるイベント会場・インテックス6号館でジャンボ市が開催されていた。そのイベントへ参加するために、きょうの仕事をキャンセルして、卸屋の用意してくれた貸し切りバスに乗り込んでの参加である。コースとして、大阪城での食事が組まれていた。大阪城は見事なまでの満開の桜である。花見のための場所取りであろうか、ブルーシートがくまなく敷かれ、ピンクトブルーのコトラスト、早々と宴会を始めている人たち、焼肉を焼く人たち、桜門から天守閣への通りには花壇の展示が並び桜のトンネルをくぐった。土曜日とあって、人、人の波である。久しぶりの大阪城。
桜の大阪は始めてである。新鮮な感じがした。
美しいさくらを堪能し、イベント会場へ。安いのかどうかは判らないが、仕事に役立ちそうなものを物色してきろについた。
車中より「入学式」と書いた大看板が目に入ってきた。
桜の花が、お祝いに駆けつけてくれたように校門の桜は満開である。入学式も終わったのであろう、新入生が校門の前で記念写真を撮ってもらっている。いい眺めである。
八年前、入学式で祝辞を述べたのを思い出した。
PTA会長としての職務とはいえ慣れない原稿を書いて、それを暗記しなくてはいけないのである。人前でお話をすることなどほとんど無かった私、少しドモリながら話したなあ‥‥。
思い出すと、少し笑いかけた。明日を担う未来の若者たちに
心から「おめでとう。」と声には出せないがそんな気持ちで通り過ぎた。
久しぶりの晴れ間である。
天神川(私の住んでいる、近くの南北に流れる川である)
にも桜が花開いた、きょうは太陽の陽を浴び輝いている。
誇らしげに「どうだい。」と得意げにかたりかける。
一年に一回しか自慢が出来ないさくら、寒い冬を乗り越え
体いっぱいに沢山の花を付け、私たちの目を楽しませてくれる。あさっての日曜日は満開であろう。きっと沢山の人たちが訪れるはずである。私の心もいつになくウキウキしている。
右京にも 桜が咲いたよ 誇らしく
空しき心に 勇気わかんか
木屋町。ここは三条通りから四条にかけて、高瀬川を挟んでレストラン・ピンサロ・パブラウンジが軒を連ねる歓楽街である。昔は材木を積んだ高瀬舟が運行し賑わっていた所である。その名残で木屋町という名前がついている。きょうの仕事は木屋町の一角である。
お昼の食事は、桜見物しながら食べようと思いつき、あたりを見渡すと、歩道に憩えるための石が置いてあるのを見つけた。昼の木屋町は観光の人や、5分咲きの桜を見ながら散歩する老若男女が行き交う静かな通りである。私も桜を見ながら弁当を開きのんびりと食べる。そこへ2匹の鴨がわずかな水の無い処ヘ上がって昼寝をはじめた。ほほえましい風景に
心も和む。
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