うまくいかないのが世の常である。予定していた仕事が急に速くなって、明日、福井へ来て欲しいとのTELあり、急な変更に戸惑う。総てが狂ってしまった。給料の段取り、仕事の手配にと追われてしまった。相手はそんな事など無頓着。月末でそんな余裕など無いことを知って欲しいものである。そして又、急に機械が故障したとTELあり。走った。お得意様が大事。何ということでしょう、油が漏れてスイッチがアウト。材料探しに卸やさんを次々に探し回りやっと間に合わせたものの作動しない。時間に追われ、人に助けを求め何とか収まった。次から次へと問題山積である。世の中そんなに甘いものではないことを承知で、ぼやきながら書いている。ブログは、こんな時に役立つ。人に話が出来ないことを書ける。明日は朝6時出発。2〜3日ブログがかけないが帰ってきたら、色んなエピソードを披露出来たらいいなあと思う。
悲しい時代に成って来た。地震・子供放置・子供殺害‥‥。
どうなって行くのだろう。心配である。心が痛む毎日である。それと同時に心の通わない、というか、自分さえ善ければ善い。他人の事等にかまってられない、寂しい世の中になっつてきた。会社の中でもそう感じ取れる動きを見る時、一抹の寂しさを感じ、会社を経営するのが嫌になる時がある。
考えすぎなのだろうか。先日、芸能プロダクションのカリスマ渡辺晋のインタテーメント劇、ザ・ヒットパレードを見た。本当の人間のあり方を、生き様を見たように思えた。
彼の様に素晴しくカリスマで雲の上的な人物では無いけど、自分と重ね合わせて考える時、涙が止まらず一人述懐した。何の為。今生きているのか、どうしたらいいのか。こんな事を考えるのがおかしいのかもしれない。心にゆとりを持たなくてはいけないなあ。一人考える。
「おのこ(男)やも 虚しくあるべき 萬代に 名は立たずして‥‥‥」万葉歌人・大伴家持の歌である。
中学の時習ったこの歌がいつまでも記憶に残っている。
男として生まれてきたのに世の中に名を残すことが出来ない虚しさを歌ったものだ。自分と重なる。先日の議長も最後となった。何故か。総代から理事になったからである。
終わった時、知人・友人・仲間に「ごくろうさん」と声をかけられ、「最高に良かった。人間臭い、いい議長だった。」嬉しかった。有終の美を飾ることが出来た。名を残すことは出来ないが、一生懸命勤めることが出来、満足である。今年から理事としての責任を抱き働こう。一つの区切りを作るため‥‥。
5月25日。新都ホテルにて、第48回通常総代会が開催された。
京都府電気工事工業組合本部にとって、年間行事の最大のイベントである。役員改選の年でもあり、今年は紛糾するだろうと、大方の役員さんの懸念するところであった。
私にとっても覚悟の年である。何故かというと、前もって、議長就任の依頼があったからである。(火事場へ突っ込む感じである。)どのように対応すべきか悩んだ。所属の組合員数1680社・総代定数209名、人生経験豊富な弁の立つ代表の集まりである。議事進行に少しでも不審を抱かれたら大変なことになることは目に見えていた。本部三役・支部推薦の立場上、逃げることは許されない。今迄に何回も経験した事があるとはいえ自分との戦いである。策を考え、策に溺れることに成っては自分が哀れである。自分らしく自分に正直になろう。人の意見を聴いてあげる事、丁寧に答弁が引き出せるよう道をつける事、それが議長としての役目ではないか。
最近は、格好ばかり気にし当たり前の事が出来なくなっている、そこに無理が生じて摩擦がおきると思う。そう悟った時大変ではあったが無事、議長を務めることが出来た。
忙しい1週間であった。関西電力の中に内線研究会(通常内研というのがあり、電気工事に関する情報・研究をする機関である)と、電気支部との合同研修会があり参加。
松下電器の展示場の見学、なにわ時空館で難波の歴史と船と人の関わりを勉強。千石船に魅せられた1日。
仕事を終えた後の始末、準備、見積もりのための下見、社員旅行の為の段取り。今回は、海外へでも行こうと思い着き、上海へ行くことに、その為のパスポート申請、と人に言えない辛さがある。時間に追われ、気持ちに余裕がない。そんな時は中々日記も書きたくない気持ちに襲われ、パソコンにむこうとしない自分がいた。そんな時はボーッとして何も考えないよう努力している。日曜日は自然を楽しむよう心がけている。
連休明けの月曜日。仕事に取り掛かる準備をする、若い社員たち。充分休養が出来たと見えて顔色がいい。
今でこそ仕事があるからいいけれど、仕事の無い時、大変な思いをしたことがある。折角、休養し、仕事にかかろうにも仕事が無い。(何をしよう。)頭を抱え、出した答えが倉庫の整理。大きな倉庫でもないのにすぐに終わる。
明日はどうしよう。胃の調子は悪くなる。食事はまずい、下痢はする、散々であった。今。現在、従業員9名。順調。
いろんな苦労をしてきたからこそ、いまがある。信用というこの二文字を大事にし、若い人材が陸続と続くよう益々頑張ろう。こんな事を考える朝であった。
空は快晴。連休の最後の国民の祝日。私にとっても久しぶりの休みである。3日・4日と子供たちが帰ってくる。楽しくも忙しく、慌ただしい毎日。きょうはゆっくりと、のんびりと、
出来そうである。TVを見ながら、横になり、10時半ごろ興味或るシーンがあった。映し出される映像の中にはいっていく。そこには、京の離宮の雅の美しさと、携わった人たちの心が浮き彫りにされていた。仕事に追われ、自分の身の回りの素晴しさを忘れていた。反省‥‥‥。昼からは竹の郷温泉(洛西・エミナースにある健康保険の運用施設)にでもいって、身も心もリラックスしようと思う。
空は快晴。連休の最後の国民の祝日。私にとっても久しぶりの休みである。3日・4日と子供たちが帰ってくる。楽しくも忙しく、慌ただしい毎日。きょうはゆっくりと、のんびりと、
出来そうである。TVを見ながら、横になり、10時半ごろ興味或るシーンがあった。映し出される映像の中にはいっていく。そこには、京の離宮の雅の美しさと、携わった人たちの心が浮き彫りにされていた。仕事に追われ、自分の身の回りの素晴しさを忘れていた。反省‥‥‥。昼からは竹の郷温泉(洛西・エミナースにある健康保険の運用施設)にでもいって、身も心もリラックスしようと思う。
日本赤十字社の社資及び募金集めに、三人の町会長が朝10時半に待ち合わせをし、大口出資者の名簿で、行く先を決め出発した。
安井連合会役務分担で、日赤募金の副分団長に委嘱され、委嘱証明書カードを胸ポケットに入れての出発である。名前は名簿があるから判るものの住所がわからない。地図を便りに
アッチへ・コッチヘ行ったり戻ったりと大変である。
留守宅もあり、昼も回り、次の段取りを決め解散することにした。これからはこのような判らないことでも挑戦し、役を果たさなくてはいけない!投げ出すことなどとんでもないことである。町内のボランティアと思い、この1年、頑張ろう!
晴れ晴れとした天気に恵まれた、連休の3日。何も考えず最初の1日を過ごそうと考えていた。10時30分頃、階段を駆け上がる音がした。と、同時に「おじいちゃん。」長男の子供の声、孫の彩香である。久しぶりに会う孫の声、喜びで顔がほころびた。昨日、次男坊も夜遅くに帰ってきていた。東京に就職しているので、長男の子供と会うのも久しぶり、みんなが久しぶりの対面であった。声が弾む。一変に、賑やかになった。1歳半の孫は走り回る。それを追いかける。眼が離せない!疲れてきた!今度は散歩に行こうと言い出す。
「ヨシッ、行こう」手をつなぎ駅の方へ、孫と歩くのもいいものだ。なんとなく童心に返った気分ではしゃぎながら、歌を歌い、散歩する。今日は天気もいいので久しぶりに全員で鴨川の床料理を食べに行くことにした。
昨日の暑さは何だったんだろう。朝起きると道路がぬれている。雨が降ったんだ!空はどんよりと曇っている。
雨でなくて良かった。鴨川の床での仕事なので安心した。
昨日電話して朝からの約束、床に行灯の変わりとなるポールをつける事になっていた。床一面にブルーシートが架けられていて、雨で水溜りが出来、靴下がぬれ、思わず「アーッ」声が出る。しかたないなあ。あきらめて仕事にかかる。
昨年は娘の親を招待して床料理をたんのうし、上機嫌だったことをおもいだす。人とふれあい、和み、明るく語り合う。
この繰り返しが、明日への発展につながり、平和な家庭を築ける基礎となると信じる。昼からは太陽が顔を出した。明日から連休、床にはお客さんの声が飛び交い、京料理を楽しみお酒を飲み、鴨川のせせらぎを聞き多いに賑わう事だろう。
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