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2006年9月

2006年9月25日 (月)

総合優勝

青空の広がる日曜日。安井学区の区民運動会が、開催された。今年は、小学校開校70周年の節目に当たるらしい。朝、6時50分。お借りしている備品倉庫前に前年度の優勝旗・優勝カップ・町内旗を軽トラックに積んで集合。
町内テントの設営の為の備品運びである。
今年も総合優勝をかけて、体振の町代表が総力を挙げて人集めに奮闘していただいた。自治会長として、町内の皆様と接する最高の機会である。町対抗の競技に興奮し、声も枯れ、手も痛い。中間発表で1位。いけそう!私も綱引き、ゲートボールに参加。共に楽しみ、ひとりの町民となり、頑張った。
興奮の連続のうちに運動会が終了。結果発票の結果。わずか
0.5ポイント差で総合優勝を勝ち取ることが出来た。
二年連続の快挙である。興奮冷めやらぬうちにと、その日の夜6時より打ち上げのパーティを催すと、嬉しい笑顔が広がった。いい酒をありがとう。本当にご苦労様でした。

2006年9月23日 (土)

リナ

リナというのは孫の名前である。9月3日に自宅に帰って行った娘と孫。暫く会っていない!今日は秋分の日。会社の休日‥‥。一度見に行こう。犬でも3日飼えば恩を忘れないという。長いこと接してきたのだから、いかに5ヶ月の子といえ、忘れることはないと信じ、妻と出かけることにした。
雲ひとつない青空。道中の淀川河川敷には、彼岸花がさいていて、秋の風情を感じさせる。娘の家に着くと、孫は寝ていた。私のうちに居ている時と同じように孫を抱き上げ、起こした。私の精一杯の気持ちである。「ニコッ」と眠いまなざしの中笑顔で答えてくれた。覚えていたのだ。嬉しくなりあやすと、声を上げて笑う。私も人の子。何度も何度も抱き抱え孫と遊ぶ。短い時間であったが、今日一日が充実した一日となった。

2006年9月22日 (金)

喫煙

最近「タバコを止める!」この様な宣言をしてしまったものの3日と持たない。外に出て隠れてすう始末。優柔不断の自分に愛想が尽きた。そうは言うものの我が身、自分で自分を切るわけにも行かず、自問自答している。
家族も「あきれてものも言えない」という顔をして相手にもしてくれない。迷惑な煙さえださなければいい。自分に言い聞かせ、ベランダで吸うようにした。ベランダには、花を植えた鉢が並んでいる。その中に、他所で貰って植えたという遅咲きの朝顔があった。細いツルを必死で伸ばして今では竿かけの所まで伸び、ここ一週間で10以上の花が咲き、散っていく。
不思議なもので朝顔の花はみんな太陽のほうへ向いて咲いている。ベランダでタバコを吸うようになってから、ベランダでしか味わえない景色や、人の動きが目に留まるようになってきた。

2006年9月15日 (金)

Eグループ

昨日、Eグループの全体会議が開催された。
出席者少なし、これから多様化するであろう電気業界、その発展になくては成らない存在となるべきなのに、悲しい事である。中心者の存在かんのなさ、やるきのなさ、これでは、発展もしないし、弾みがつくはずもない。うまく機能してこそ希望が持てるし、人も寄ってくると思う。
新体制で業界になくては成らない存在にと、希望する。そして仕事を取ってきても、頼める所がある。と、信頼の輪が広がり、信用と安心感がえられるように努力していき、先の見えない現在に、希望の星となってほしい。

2006年9月13日 (水)

誕生日

今日・13日は、私の誕生日。生まれてこの方61年を経過した。長いようで短い、アッという間の一年一年であった!先日の9月9日、梅津中学校役員OBの会(九重会)が四条大宮のアークホテルで開催された。会を重ねること30回目の節目にあたり、大勢の参加があるものと思っていたが、初代のPTA会長・校長を筆頭に懐かしい人達の姿はそこになく、寂しさを感じた。それでも話題は尽きず、旧交を深めることが出来、記念の写真に納まり、散会した。
この現実と同じように、仕事においても、人間関係においても寂しい面が多々ある。何とか充実した毎日が送れるように
努力し、明日への希望を見失わないよう日々精進あるのみと、考える。小さなことに、惑わされることなく、将来、社員全員が、アイダ電機で働いて良かったと、言われる様な会社にしていかなくてはいけない使命がある。61歳の誕生日を新たな出発点としていきたい。

2006年9月 5日 (火)

寂しさと希望

残暑は厳しいものの、空気の流れは、秋の気配が日に日に感じられるようになってきた。夜になると、虫の音も聞こえる。
朝、目が醒めると肌寒さを感じ、身体がブルッとする。
9月の声を聞くと、頭に浮かぶのが、芸術の秋・文化の秋とは言うものの、中々、その気分になれないでいる。
 何故かなら、里帰りしていた娘が、孫を連れて帰ってしまい、孫の鳴き声、表情豊かに見せる笑顔もないからである。
色んな事情があり、帰って来ていた娘。和解し、再出発することになり、娘なりに必死で考え、出した結論。親の気持ちとしては、難しい局面にたたされ悩みもした。しかし、世の中が殺伐としている中に在って、一歩前進の決意をしてくれたと、共感もし、拍手を送りたい気持ちでいる。妻は心配をしているようだが、それも人生と思い、娘に委ねなければいけないと思う。親子三人が協力し合い、和楽の人生を送って欲しいと願うのみです。