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2006年11月

2006年11月29日 (水)

屋久島上陸

3日目の午前7時・宮之浦入港。1番期待していた目的地。
小雨降る屋久島へ第1歩を踏み入れた。
 屋久島は、1年の内の3分の2が雨と言われ、なんとなく納得した。観光バスに乗り、屋久島一周の1日コースの出発です。驚いたことに小さな島で在るにもかかわらず、島の天気が上屋久町と屋久町とでは違うことも判明。スコールの中を最初の千尋(せんぴろ)の瀧へとバスは行く。一枚岩の中に瀧が流れ、荘厳である。次は屋久杉ランドの紀元杉だ。
大自然の中に生息する数限りの無い種類の草木。今まで見たことも無い異様な光景に圧倒される。生命力旺盛な木々達。
 切り株の上に、新たな屋久杉。千年以上経ったものばかりが、屋久杉という格を与えられ、その屋久杉に巣食う十数種類の木々、不思議な感動である。紀元杉も新たな息吹を貰うようにそびえる。紀元杉に自分の人生を重ね合わせると感慨深いものがあった。ガイドさんの案内のすごいこと。いつも半分寝ているけど、今回は違った。屋久島の魅力に魅せられた詩人の話。ウイルソン株の発見者の話。屋久島の由来。真剣に聞いた。それほどの感動があった。船に帰り、この感動を短歌にし、投票箱へ投函。見事入選。妻と二人で味会うことの出来た、最高の思い出に残る旅でした。

2006年11月28日 (火)

鹿児島に接岸

クルージング(その2)
低気圧の発生によって、楽しみにしていた目的地の種子島に
寄港することなく、安全を重視し、桜島を1週する形で鹿児島港へ。突然の寄港で主催者はテンヤワンヤの応対。
 タクシーの予約に無料のシャトルバスの手配。旅行会社というのは、何が起こるか分らないから大変である。
その点、ユウザーは気楽なものである。あなたまかせ!
 昼食の時に親しくなった、ご夫婦と市内観光へと出かけた。バスと違い、運転手との会話のやりとりの中での観光は楽しく、新しい発見が次々に展開し、隣のご夫婦ともに和やかなひと時を過ごすことができた。
 大人の付き合いは大変であるけれど、同じ目的で、旅行をエンジョイしたい私たち。気兼ねすることも要らず、本音で会話が弾む。人生も、目的が同じであれば、会話も進むし、目標とするものが見えてくる。そして生きる希望が何倍にもなることを実感する。
 そんな事をふと想い、船の待つ港へ帰った。

2006年11月27日 (月)

クルージング

大型客船パシフィックビーナスに乗船し、11月23日、神戸港をドラの音と汽笛を鳴らし、沢山のテープを切り、屋久島へむけての航海が始まった。初めての経験であり、夫婦二人だけの船旅。不安でもあり、又楽しみでもあった。
 娘に貰った旅行券。大事に、大事にとって置き、いつ使おうと考えていた時に、ツアーのパンフを手にした。
 いつの間にか、結婚して36年が経ってしまい、何にも思い出に残ることをしてあげていない。だけに、いい企画に恵まれた。と、参加申し込みをして半年、やっと実ったクルージング。生憎の曇り空。雨もポツポツ。先行き不安に‥‥。
 船室は狭く、ドアの正面に四角い船窓があり、トイレとシャワー室が会った。最初は「狭いなあ」そう思ったものの不思議なもので、過してみると、快適な居心地に変った。
船の中は、シアターあり、ゲームコーナーなどの遊興設備は整い、色んな教室が開催され、図書室・喫煙室・憩いの団欒が出来るように将棋・オセロ・囲碁が置いてある部屋。目的地に着く1日半の航海歯、退屈することがなかった。残念なのは、しけで種子島に行く事が出来なかったことだ。
残念!!      続きは又明日。

2006年11月21日 (火)

悲しい職人の性(さが)

何十年と職人として働き、現場に携ってきた私。
じっとして、机に座り、事務的な仕事に専念するという事が出来ない悲しさ。この性分は中々直らないものだ。
しかし、仕事が入れば、何を置いてでも突っ走ってしまう。
損な性分を持ったものである。仕事に関しては、絶対的な自信がある。長年培った腕は、中々消えるものでは無い。
少しでも役に立ちたい。そう思っても、社員は私と仕事をするのを嫌がる。何故か?といえば、仕事に関して五月蝿いからである。色んな経験をしていると、何かにつけて、頼りなく感じるし、つい命令口調になってしまう。職人肌のいい所であり、損な所である。
現在は、人を信用し、任せるのが一番と想い、なるべく口出しをしないよう心がけている。其の方が、一人ひとりが何をすべきかを考えて、自ら行動に移し、大きく成長をしている姿を目のあたりにする。
 嬉しいことである。最近は、自分で出来る仕事だけをこなし、チョットまとまった仕事は、外注に出すか、社員に頼み、段取りだけをするようにしている。

2006年11月19日 (日)

マグニチュウド7、8

11月19日(日)午前9時50分、マグニチュウド7.8
の地震発生。の想定の元、安井学区の避難訓練の開始。
 わが東車道町・自治会も参加。参加者30名。
避難集合場所に集まり、会長の指揮の下、組長さんに現在の状況を説明をし、簡易タンカの作り方を実演。
昨日、前会長より手ほどきを受けたことを忠実に再現することが出来た。参加した子供にタンカに乗ってもらい、「ダイジョウブ」。安心の烙印を!。参加した組長さんから、「いい事を学びました」と、この一言に救われた気持ちになる。
今日は、天気予報によると、雨。
幸いにも、町内から出発し、小学校までの道のりの間は、雨にあうこともなく、到着。雨のことも考え、運動場から体育館での催しとなった。参加者約600人。防災会長の挨拶に始まり、模範演技、注意事項などがあり、無事終了。
帰りに、給食・救護班による炊き出しのおにぎりを戴き、思い思いに散会。責任が果たせた喜びと、今日学んだ事を頭に叩き込んだので、一つ賢くなったなあ‥‥と、想いつ帰途に着いた。

2006年11月18日 (土)

避難訓練の前日

明日の日曜日は、安井学区の避難訓練の日である。
 阪神・淡路大震災から11年を経たいまは、人々の脳裏からあの生々しさと悲惨さが、段段と薄くなってきているのではないだろうか。
その現れが、先日の北海道沖地震による津波警報。     避難勧告が発令されても、大丈夫という楽観的な観測がなされているようで、非難した人は、僅かだった。そういう安易さが大きな災害をもたらすのではないかと思う。
「転ばぬ先の杖」と言われるゆえんを考えなくてはいけない。と、思いつつも、いよいよ明日、訓練が実施される。
明日の訓練に先立ち、前会長に指導を受けることにした。
前の日に電話で連絡を取ったら、当日は留守にするという。
 えらいことだ!要領が解らない。お願いしたところ、「今日の朝8時にきてくれたら‥‥。」と言うことで、仕事前にお邪魔してご教授願った。教えて貰いホッとしたものの、明日うまくいくか不安‥‥。

2006年11月13日 (月)

暇な1日

きょうは、休み明けなのに携帯電話が鳴らない。
忙しい時など、ひっきりなしに電話が在るのに、きょうは無い。人間おかしなもので、電話がなければ「よし」としなければならないのに、勝手なものだ。丁度うまい具合に修理に出しておいたプリンターが、治って来たのでセットすることにした。
修理前と修理後の設定が違っていたのでうまくいかず、メーカーに電話、これが又繋がらない。結局昼間で係り、やっとの思いで、何とか使えるようになった。昼からも暇をもてあまし、次の仕事の段取りや整理をする。仕事人間の私。じっとしていられないから困ったものです。
まだ時間がある。今度はなにをしよう‥‥。
市政協力員の私。そうだ!町内の掲示板に、貼るポスターが着ていたのを思い出し、ポスター貼りにでかけた。これから先、こんなことが多々あるだろう。その時の為、何をすべきか?。考えておいたほうがいいなあ。こんなしょうも無いことを考える今日、1日であった。

2006年11月12日 (日)

ミスター・ぐらはむさまへ

コメントお受けしました。

  激励の 言葉に感謝 明日の友

 又、アドバイスをよろしくお願いします。

     11月12日午前9時25分記

2006年11月11日 (土)

展示会で牛肉をゲット

11月11日(土)。材料・卸商の展示即売会が、国道171号線に面した会場で行われた。土曜日であるのと、雨が降っている関係か、入りはもう一つである。最近の電気業界も原油の値上がり、銅製品の高騰で、電材が値上がりし、工事業者を苦しめているのが現状である。その間隙を縫って行われた展示会。値段の交渉をし、次の仕事の分を確保しようと必死に成る。これから先、どのような展開を見せるか分らない現実。利益はあまり期待できないが、少しでも経費の節減になればと思っている。そうは言いながら、けっこう楽しみながらの買い物となった。帰りに売り上げに応じてポイントが点き、そのポイントで、牛肉をゲットした。ゲットした牛肉を会社に持ち帰り、従業員に今日のお土産として分配。嬉しそうにもって帰る姿を見て私も会社を後にした。

2006年11月10日 (金)

眠れない!

人に言えない程辛い思いをするときがある。
自分との戦い。心の葛藤。寝床に着く。目が冴える。
TVを観ていると、欠伸が出、堪らず涙が出るほどなのに、フトンを掛けると、目がシャキッとする。頭の中が、色んな回想で、グルグル。打ち消しても打ち消しても浮かび上がる。
酒を飲みに台所。神経を酒でごまかそうとするが、余計に神経が昂ぶる。こんな思いをされた事は無いだろうか、苦しいものです‥‥。最近、何故かこういう日が続く。
本で読んだことがある。寝られなくても身体を休める為、目を閉じて、身体をリラックスするようにと。辛いけど、試してみる。熟睡はしないけどいつの間にか寝たような気持ちになる。最近、校長が自殺をしたり子供を殺したりするのが報道され、目に付く。私と同じような体験をしているからだと思う。心に余裕を持つように努力するべきだと私は努力している。

2006年11月 9日 (木)

こんな時に限って

今日は大阪の帝国ホテルへゆく予定である。
年に一度の(6月〜10月の4ヶ月間の売り上げが優秀な工事店の表彰式)松下電工のセールがあり、うちの会社もその中に入っているから是非に出席をとの依頼が2週間程前にあり、返事を出しておいた。ので、その気になっていた。矢先、電話あり!配達と、昨日確認をせずに取り替えたスイッチの動作がおかしいという連絡を貰った為チョット不安になった。
間に合うだろうか?心配であったが、自分でまいた種、自分の後始末を人に頼むわけにも行かない。けじめの問題である。時間を気にしながらの挑戦です。あせる心、焦っては事を仕損じるという事もある。無理に落ちつくよう努力をする。今、思い出して書いている自分が、滑稽である。
ぎりぎりセーフ。京都駅前の「新都ホテル」で食事をしての出発。観光バスでくつろぎながらの参加となった。

2006年11月 8日 (水)

人の弱み

先日の事である。ある解体現場での出来事。
解体に伴うトラブル。架設工事をした後に職人が要らない電線を撤去し、持って、帰ったことに端を発し、仕事の依頼をした我社にとばっちりが‥‥。そして、泥棒扱いされる始末。起こってしまったこと、今更弁解する気もない、横暴な口の利き方、これにはうんざりした。こんな事に係りを持つことの歯がゆさもあり、いいなりに。法外な金額の提示に驚く。人の弱みに付け込み、言葉を荒げ、聞く耳を持たない、只一方的に此方の「非」を追求するだけ。話し合いに来たのにお話にならない。会社の責任者と名乗るからには、それなりの見識と度量が必要ではないだろうか。大変な損害ではあるが、一緒について来た職人もこれに懲りて、職人なりに考えて仕事に取り組み、軽率な行動をしない事を願う。

2006年11月 6日 (月)

安井小創立70周年祝賀会に参加して

安井小学校創立70周年祝賀会が、4日の土曜日に、全日空ホテルで開催された。「今回の催しは、こじんまりと開催するつもりであったのに、お陰様で出席数が約5割も増え喜んでいる次第です。」開口一番の挨拶で始まり、昭和11年9月1日から今日に至る歴史の紹介があった。初めて、連合会の会合に参加。どのような町であり、そこに住んでいる人たちが何を考え、どのような事に力を入れているのかを知ることが出来たし、人と人との出会いの大切さ、色んな事を学ばしてもらった。これから、この安井で生活をしていく私にとって有意義な一時であった。

2006年11月 2日 (木)

一人暮らしの出来事

息をせきって、町内の婦人が訪ねてきた。給料日の夕方である。従業員に渡す給料を携えていた私。ただならぬ様子に、慌てて専務に渡してもらうように頼み、話を聞いた。
常日頃から、いつも電気を消して、真っ暗なのに昨夜から、今日の今も点きっぱなし、おかしいと想いドアを「ドンドン」と何度叩いても反応がないという。どうしたらいいものかとの相談であった。「一緒に行って貰えますか!」
何とかしなくては、自転車に乗り現地へ、確かにドアに鍵がかかり、明かりが点いている。空いている所は無いかと、必死で探す。台所の窓が開いた。面格子から少しだけ覗ける。
倒れている!警察へ110番。警官が来て、問答。非常事態なので戸をこじ開けてもいいという許可を貰い、店に帰り、バールでこじ開けた。息があるらしい。「良かった」救急車を呼び、事なきを得たものの、一人暮らしの老人の為、近所の方のそれとない監視をお願いすると同時に、話かけと朝夕の挨拶をしていくようお願いいたします。