明日から2月。自治会の会長になってから、早いものでもうじき一年が経とうとしている。
任期は一年。次の会長を選挙によって選出しなければならない。投票用紙の作成や、被選挙人名簿の作成をしなければならない。昨晩も、町籍名簿とニラミッコ、年齢・役暦等間違いのないようにしなければならない。大変な作業である。
他人には判らない苦労が付きまとう。
色んな経験をつむことが大事だと私なりに理解しているからいいようなものの、一つ間違えば投げやりになり、運営が出来なくなる。次の会長になる人はよき脇氏を見つけて欲しいなあと、気遣う。きょうも作成に専念し、余裕で望みたいと思う。
自治連合会の少年補導による、大イベントの一つ「餅つき」が、安井小学校のグランドで催された。
自治会長の私も招待を受けていたので、喜んで参加しようと思っていた。土曜日から長男一家が泊り込みで来ていたので、ことし小学校へ入学予定の孫娘を連れて参加。
10時開催というのに早くから参加している親子連れ。
準備に追われる役員さん。薪わりをする人、釜に湯を沸かし、蒸篭にもち米を入れたり、石臼に湯を入れ厚めの布巾をかぶせもち米がむしあがるのを今か今かと待っている様子を見ていると、私もすぐに餅がつきたくなり、石臼のそばにいく。しばらくすると、蒸篭を持ってうすの中へ。
一番先に、杵をとり、なれた腰つきでコネはじめ、合いの手のなれた役員さんと共に餅つきをはじめた。
3臼ほどつき、若い人とバトンタッチし、孫の手を取り「ぜんざい」コーナーへ。つきたての餅をおいしそうに食べる孫。カバンをおねだりに来たお陰で、貴重な体験をしてくれたと喜んでいる。
25日の夕方5時半に穂積氏が雑誌社のカメラマンと記者を連れて、私の会社へインタビューに来られました。企業訪問ということでお見えになられ、雑誌の取材という形で最近の状況や、私の生き様を聞かれ、色々とお答えをし、聞き上手の穂積氏も自分の人生を振り返りながら、お話をして戴いた。従業員と共に写真に納まったりしながら、与えられた1時間がアッというまに過ぎていった。TVや舞台で活躍し、本も執筆され、『積み木崩し』で一躍有名になられた方だけに私も期待を寄せていただけに、残念でならなかった。
でも、あくまでも営業で来られたのであって、私に興味を持って来られたのではないだけに寂しい思いがしないではなかった。何故かなら、記者の口から「雑誌に掲載するのにお金がこれだけいります」という一言を聞いたからである。
何でもお金の世の中。でも、私にはいい想いをさせていただいたという感謝の気持ちはある。
1月21日・日曜日。寒さを感じる空の色。
自治会長として、全体での大きな行事の最後が消化訓練である。高齢化は、私の町内にも押し寄せてきている。
町内の組長さんも同様である。町内に設置してある消火器を
持ってきてくださいとお頼みしたものの、重たいし、大変な労作業。会長としての役目と想い、車で回収することにした。
泡消火器の使い方を知らない私。知らないがゆえに、消火器を寝かして運ぼうとした瞬間、泡が吹き出してしまい、軽の
ライトバン・泡だらけ。「ウワー」声にならない声で「しまった」慌てても後の祭り、消化訓練する前に、実験をしているようなもの。開いた口がふさがらないとはこう言うことだ。それでも役目柄仕方ない。次の消火器からは倒れないように工夫をし、10本を何とか回収し終え訓練に参加。消防隊員の説明と実演。閉めの挨拶をし、事業は終わったもののそれからが大変!泡だらけの車の清掃に没頭。きれいにするのに半日も掛かってしまった。
ドン臭い私。自分を責める事しきり‥‥。貴重な休日を棒に振ってしまった、何と情け無い一日であったことやら。
京都発・午後1時15分。八条口・バスターミナルより、会場となっている大阪の帝国ホテルへ向かって出発した。
きょうは、前総務大臣の竹中平蔵先生の記念講演が開催されることになっているので楽しみにしていた。
1月13日の土曜日のことであった。毎年、有力お得意先様招待と銘打たれ、今年も参加することができた、大手材料卸店の賀詞交換会。どんな時代でも、夢を与えるような企画をしてくれる材料店。感謝この上なし。おまけに大型バスを貸しきっての、心配り。
会場に入ると、メーカーの人・工事店のトップがすでに参加。
メーカーのプレゼンがあり、主催者の挨拶。
いよいよ講演が開催‥‥。小泉政権を支えた当時の話。学者としての現在の心境と経済の見通し。そして阿部政権の今後。三点に着いて、原稿に頼ることなく、聞く人にいい印象を与えるすばらしい論説。一番印象に残ったのは『リーダーはパッションが無くてならない。そして細部にわたって神経を張り巡らすこと。指示が的確であること』まだまだ沢山のことを学んだ。いい勉強が出来たと喜んでいる。
お得意様の新年会が「高倉六角』の格式のある料亭で開催され参加。1年に1回しかお目にかからない人もあり、楽しい一時を送ることが出来た。
主催者の会社では、昨年の9月にバトンタッチがあり、後継者不足で悩んでいる業界で特筆すべき快挙と喜んでいる。
会長になられた前社長。挨拶も流暢で、中々味のある存在感
溢れる人で、最後に新社長に就任した長男を筆頭に三人の息子を従え自慢げに挨拶。嬉しさと絆の溢れたいい挨拶であった。内もどうしたものかと悩んでいる所である。
縛り付けてもいけないし、強制も出来ないジレンマがあることも確か。子供のやる気と「繋ごう」という意識が生まれることを願うばかりである。まだ時間がある‥‥。
きょうは10日。恵比寿さんの本祭りの日。四条縄手の南の通りには両サイドに店が立ち並び賑わいを見せている。参拝客は、手に飾りのついた笹を思い思いに持ちながらキョロキョロと並んでいる店を詮索している、きらびやかな着物姿の人・普段着の人・オーバーの襟を立て寒そうにサッサッと歩いている人、色々で面白い。信号の待ち時間で垣間見た風景の一部である。
私は、祗園で仕事があるのでゆっくり出来ない。そう自分に言い聞かせその場を去った。明日から新年会が毎日のように続くので、仕事をそつなくこなし、参加できる体制つくりに万全を期している。それも大事。しかし、身体も大事。そのことを考えながら参加しようと思う。
1月7日・日曜日。超低気圧の発生で、突風の吹く中を名神高速を三重県の
浜島温泉に向かって走って行く。バスの横腹をまともに、容赦なく吹く風に運転手も必死の運転。二見ヶ浦の夫婦岩の参道を歩こうにも風との闘い、薄日の太陽が照り、大きな波が岩を覆い、ロケーション的には最高。そんな中を新年会・会場
のシーサイドホテル・鯨望荘へ到着。海は荒れ、一向に止まない風。温泉の露天風呂も突風!興味もあり、突風の露天風呂に入る。身体は浸かっている温泉で温かいが、顔と頭は、突風で居る場所を探さなければいけない始末。
ハプニングの連続であった。
地下の宴会場で、新年会を開催。従業員の家族を含めての和やかな新年会を催すことが出来、新しい出発をすることが出来た。去年、忘年会をやめての新しい企画であったが、全員が楽しめ、1泊して身体を休める事が出来たのではないかと、私なりに満足しています。
空は雨雲、小雨の降る土曜日の朝。
仕事に出ようと思うが、昨日訃報が入り告別式に参列せざるを得ない状況に立たされた。仕事は違うが、工事のときに世話になり、気軽に話のできる若い友人の1人が『心不全』でこの世を去ってしまった。まだ41歳という若さで母親を残し霊山へ旅立ってしまった。彼のことを想うとどうしても線香の一本でも手向けたいという衝動に駆られる。
母親は嘆き悲しみ、希望をなくしたに違いない。母親とも親交があり、苦労しながらも明るい笑顔を絶やさず頑張って生きて来た母親を良く知っているだけに、胸が締め付けられるようなそんな想いがしてならない。
慰めの言葉も出てこない。ただ彼の成仏を願うのみ‥‥。
昨日、午後9時から放映された『佐賀のがばい ばちゃん』。実録にもとずいたフイックション。
内容が、自分の幼小時代と重なり、涙の途切れることがなかった。おばあさんのひたむきな生き方に感動し、教えられることが沢山あった。そして、母子の愛があった。残念ながら、私が寂しく愛おしく思ったのは、母が5歳の時に病気でなく成り、母親の愛情を知らないで育ったことである。
逞しく生きていく少年の姿が、多くの友達を作り、環境を変えていく、そして人生とはこういうものであると身を持って教えてくれたおばあさん。おばあさんの想いがそして生き方がいっぱい詰まった感動巨編だった。
今年の仕事始めは、 今日の5日。出勤前に「こぶちゃ」で無事故を祈り、目標を掲げ乾杯し出発。
お正月は身体をゆっくり休ますことも出来たし、新しい目標を掲げて、この1年を有意義のあるものにしたい。
明けましておめでとうございます。
青空の拡がる暖かいお正月。一年の始まりにふさわしい良い天気です。昨年の30日、4年ぶりに餅つきに行く。
そこに懐かしい面々が居た。懐かしくもあり、嬉しさをかんじた。
石臼に蒸しあがったもち米がいれてあり、すぐ突いて下さい
といわんばかり。久し振りに杵を持つ。
ギュッと杵を持ち、「こね』はじめた。餅つきは、このコネが大事で、コネがうまく出来ないともち米が飛び散り人に魅惑がかかる。腰を使い「昔取った杵』とはここから来たのかもしれないと思いながら、馴れた腰つきでこねた。『いい腰つきだ」と褒められ、一臼突き上げた。ブランクがあり息が上がった。2回目からは、馴れてきて、杵つく音も勢いのある軽快なパーンという音に変わった。こうしていい年末を過ごし、大掃除・年賀状書きで終えることが出来た。
今年は、いい年に成ると決め、頑張りたい。初参りも済ませ、あとは、孫と子供たちが挨拶に来るのを待つばかり‥‥‥。
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