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2007年6月

2007年6月28日 (木)

昼のひと時

久し振りに、木屋町仏光寺にある公園に立ち寄った。桜色に彩られた満開の桜も、今はない。
青々と茂る桜の葉。柳の細くしだれた枝の葉も薄黄緑から
青緑へと移り変わり、公園のほかの木々と同じように溶け込み夏を感じさせる。
 まあるく囲むように、タイルのベンチで作られた噴水のある池に腰を下ろし、お昼の弁当を頂く。
近所で働く人や、散歩の途中で、立ち寄る人。コンビニの袋を提げ、思い思いに自分の場所を確保し、食事を始める。
梅雨の季節の晴れ渡った昼のひと時。今日は、せいて仕事をすることも無いのでのんびりと食事を取る。
都会の喧騒から離れて、静かな公園の中で食事が出来る身軽さは、なんともいえない快さを感じる。


2007年6月25日 (月)

41年目の記憶

6月24日(日)。小雨降る日曜日の朝。
先日、碧南の姪から電話があり、父が入院したとの連絡を受け、碧南市民病院へ家族3人で出かけた。度重なる引越しがたたり、再度入院と成ったらしい。
黄疸が出て、むくみが激しく顔もむくみ、病気の深刻さを見せ付けられた。電話をしておいたので、姪も病室にやってきた。「兄貴だけには、世話にならない。」といっていた強気の弟はいない。「お大事に‥。何か在ったら電話してな」
そういい残し病院を離れた。この愛知を去って、41年が経つ。15の歳に集団就職で、刈谷市の塚本製作所へ入社。
5年間の勤務で退職をし、京都の地を踏み、根を下ろし、現在がある。わたしの出発の原点が最初の勤務先。そう想い、41年振りに訪ねる事にした。浦島太郎の物語ではないが、非常に懐かしい面影はあるものの、行き交う道が変わり、そこにあった池も無い。とまどうわたし。会社はあるものの休みの為面会も叶わず、お世話になった本宅も消えている。何度も何度も、捜し求めたが、解らずじまい。諦めて帰ることにした。
後を引く思いで去ったものの、帰宅したら、当時の思い出が次から次へと湧いて出てきた。お世話になった人びとの名前と顔。生活していた風景が‥‥。今再び41年前を再現するかのごとく、鮮明に映しだされて行く。人間の記憶の素晴しさに驚嘆した。原点の地を大事にし、人と人のかかわりを忘れず、明日の為に又、第1歩を踏み出してゆきたい。


2007年6月22日 (金)

輝く顔

やっと梅雨空に戻った。沖縄は梅雨が明けたそうである。
T�でみる風景には、紺白の空と海ヶ映し出されていた。
今年も異常気象で、沖縄も大変であったと聞いている。
人間の心といい、顔といい輝いている時ほど人に影響を及ぼすものである。なにが?輝いている。
「充実し、願いがかなったり、目的を持ち、前向きに対応している時。」と私は思う。
そういう人には勢いがある。何もかも引きずり込むようなパワーがみなぎっている。顔にも艶があり、眼も生き生きとしている。そしてその顔からは、笑顔がこぼれる。
人間の力の源は、やる気と何の為に行動するのか、根本が大事に成ってくると私は思う。
私も、自分なりに解るつもりでいるが、中々行動に移せないジレンマがある。きのうある会合に参加し、痛感して帰ってきた。

2007年6月20日 (水)

新体制で出発

梅雨に入ったというのに、雨の降る気配が無い。
毎日暑い日が続く。昨日、ルビノ京都堀川で新体制になった支部役員会が開催された。同じようなメンバー構成ではあるけど、少し雰囲気が違った。
新支部長のもと新しい出発をすることになったものの欠席が多く何か物足りないような気がした。
しかし、そんなことなど言ってられない。私も担当が、教育指導委員として行事をこなし、より一層の充実と組合員の皆様の役に立つように頑張らなくてはと心を引き締めている。
今年は、全日電工連の全国大会が神戸で開催されることになっているので、本部においても支部においても大変忙しくなると踏んでいる。私にとっては忙しいぐらいが、性に合っている。

2007年6月17日 (日)

心と心の会話

早いもので、ブログを書くようになって、今日で150回目になる。回を重ねるという作業を怠らず、何とか今日という日を迎えられたと喜んでいる。6月17日は、父の日ということで長兄はプレゼントを持ってきてくれた。次男は、上海から突然電話をしてくれて、父の日やからと声のプレゼント。嬉しいものである。
幾つになっても、真心からの贈り物が一番である。
きのうは、学院の代議員会が開催され議長をおおせつかる。
第1回目から議長にと懇願され、続いている。 1回だけは社内旅行とかち合い、抜けさせていただいた経過がある。
前理事長が改選で勇退されたから、来期からは議長の要請が無いかもしれない。今考えると、前理事長の下、大変な時に議長を請け、議事を進行させ、大成功裏に終えたことなどが思い出される。子供の贈り物といい、議長の職といっても、やはりココロとココロの会話がどれだけ出来るかが肝心であると私は思う。昨日で18年度の総会が総て終了したので、普通の生活に復帰だ!。

2007年6月16日 (土)

地区総会を開催

爽やかに晴れ渡る大空、まぶしいばかりの太陽。
朝の太陽が藤棚を通りぬけ事務所の中に降り注ぐ。
昨日、右京地区の総会が嵐山という天下の名勝の地で開催された。1から10迄一人で段取りをし、地区長としての責任を全うすべく、大成功を祈願しやっと辿り着く事が出来た。
お陰様で、何事も無く総会を終えることが出来た。
懇親会では、沢山の来賓をお迎えすることが出来、お祝いの言葉で花を添えて戴き、これからの右京地区に希望を見出すことが出来た。一つの事業が終わると又新たな仕事が待っている。着実に一歩一歩踏みしめながら、進んで行こうと思っている。携っていただいた役員の皆さんに感謝!

2007年6月15日 (金)

縁は異なもの‥

朝から雨が降り、勢いがそがれる。
昨日、北海道から帰ってきたばかりなのに‥‥。
そんなことよりまず旅行中に掛かってきた仕事の依頼を片ずけることが先決と、手配や段取りに取り掛かる。
今日は、初めて消防設備協会の総会に参加するようになっているので午後3時30分までに総てを片付けて参加しようとスケジュールを立てることにした。開催場所は「京都ホテルオオクラ」
総会はシャンシャンとうまく運び、最後に新入会の発表があり、私を含め4社の紹介がなされ、お開きと成った。その後、懇親会となった。
参加者のなかに懐かしい人を発見し、旧交を深めることが出来嬉しくなった。どこで縁があるのか判らないし、世の中面白いものだと、お互いに話が弾み酒を汲み交わし、再会を喜ぶ。今日は、総会に参加して素晴しい収穫があったと満足している。

2007年6月14日 (木)

北海道旅行記�

雄大な自然を満喫しながら、札幌に到着。
札幌市民や北海道の人たちの希望と成った、『日ハム』のホーム。札幌ドームを見学することになった。銀色に包まれたドーム。黒字経営で、公式戦サッカー場にも変身する世界でも珍しい競技場。ドームの中を通り、長いエレヴェーターを乗り継ぎ、大砲ににた展望台へ。さすがに観光のルートとなり、コンサドーレ札幌を擁する拠点となり、道民の希望となっただけの事はあるなあと窺がわされた。
札幌・すすき野での夜を楽しみ1日目を終えた。
朝早く目が覚めたので、散歩に出かけた。空気はカラッとし
て、爽やかな空気を吸いながら、地図も持たず、気の向くまま散歩する。道路はタバコの吸殻もなく、ごみ一つ落ちていない。道庁・時計台・テレビ塔をくまなく歩きに歩き、爽やかな汗をかきながら、札幌の街を少しだけ知ることが出来た。朝食のあと、観光組みとゴルフ組みにわかれ、観光組みの私は、旭川の旭山動物園へ。倒産寸前の動物園を、日本で2番めに押し上げ、世界からも観光に来るという。
楽しみであったが、1時間という短いスケジュウールと、坂道を上り下りし、修学旅行生や、車椅子に乗った団体とでくわしたりで、完全に満喫することなくポイント・ポイントだけを回り、苦労の成果を見るだけに終わった。2日目も30度近い好天気に恵まれた。私にとって、生まれて初めての北海道。又新しい思い出を作ることが出来た。主催者の皆様に感謝!

北海道旅行記�

北海道旅行から帰宅したのは、9時30分。疲れたのか、TVをみながら寝てしまっていた。朝目を覚ますと、雨が降っている。
昨日まで好い天気に見舞われ、最高の旅行日和であったのに、非常に残念でならない。
初めての北海道は、日本一熱い日となった。津別町では、33・2度の日本一を記録。6月の北海道は、しのぎやすい季節と聞かされていたが、その憶測は見事に打ち砕かれてしまった。バスのガイドもこれにはビックリ!「私たちにはこの暑さは耐えられません」そういいながらも、北の大地のガイドを飽きることなく上手にやってくれた。
千歳空港からバスに乗り、小樽へやってきた。昼食を取る為である。レストランと違い、おすし屋さん。取れたての魚や北海道ならではの旬の食材を刺身にして出してくれた。
口に入れるとおいしさが広がり、とろける感じ。
お腹いっぱいなのに、御寿司も抵抗無く平らげられ満足。地元ならではの歓迎と喜ぶ。観光することなく、宿泊先の札幌・JRタワー日航ホテルへと車は走る。車窓から北海道の雄大さを見学しながらの旅となる。

2007年6月11日 (月)

明日から北海道へ

明日12日より2日間・北海道へ招待旅行に出かける。
日本でも有数の電材商の招待である。 今迄に北海道へ行く機会が無く、何としても行きたいと思っていたので、渡りに船である。写真や、TVでロケーションを見ることはあっても現実に肌で感じ呼吸することが無かったので、今から楽しみである。
申し込みの時点では、行事の日程が重なること等無かったのに、何故か重複してしまった。
組合の行事で、理事会及び新旧の歓送迎会を行うという知らせが後日流れてきた。専務に代わって貰おうと相談したが、仕事が忙しいということで断られてしまった。
どちらも大事。悩んだ挙句、今更断れない「旅行」をとることにした。後を引くが仕方が無い。割り切ることも大事と楽天的に考えた。しかし、一人だけが続けて旅行を楽しむのに気が引けるが、(今まで苦労した分の報酬)と一人納得して明日出発する。

2007年6月 9日 (土)

孫に癒される

久し振りに長女が孫を連れてやって来た。
生後1年と2ヶ月経っているのに、伝い歩きはするがまだ歩かない。可愛い者で、私の顔を見て満面に笑顔を作り愛想を振りまく。泣きもせず、机の引き出しを開けたり、棚の上の本をひっくり返したりと、はいはいをしながら夢中に成って遊んでいる。つられて同じような動きをしながら、抱き上げたり、抱いておでこをゴッンコしたり頬ずりをしたりしながら、久し振りの再開に顔がほころぶ。
旅行の疲れも手伝ったのか、孫の守で気分が癒され、リラックス出来たのか判らないが、酒も飲まず、タバコも吸わず横になったとたん眠ってしまった。
何も考えず、リラックス出来たのも孫の笑顔のお陰と感謝している。有難いことに、今まで溜まっていた疲れが吹き飛んだように感じる。

2007年6月 8日 (金)

香港

夜食は四川料理のもてなしである。バスに乗り、50名の大所帯で出かけた。青島ビールで乾杯をし、次々に出る料理に 舌鼓みを打ち紹興酒を煽る。小気味好く酔いが回り、顔がほてってくる。その勢いでカジノへ出発。思い思いのカジノへと消えてゆく。場に慣れるために見学。ポケットの香港ドルを取り出し、メダルと交換。勝負である‥‥ 。
ブラックジャックに挑戦。トントンで終わる。
次の日、最近、観光名物と成ったという高さ223メーター『マカオタワー』。観光に乏しい中で目を見張る。近代的な橋の交差する所に堂々と林立するタワー。75ドル払って、展望台へ。身のすくむような高さ。暫く見学していると、主催者のオーナーとその社員が、空中遊泳に挑戦するという。
何と!勇気があるんだろう!今の私には考えられない。
若さと、根性。そして、前に向かっての挑戦。3人がそれぞれのコスチュームと、しっかりした安全帯を付け、空中へ‥‥。
61階の展望台からポーズを取り1階の降下地点へ。
大きな拍手と感動が沸く。「いい思い出を作った」と、驚きと興奮を隠せない挑戦者。直にその姿を見て、私も興奮し、拍手を送った。
昼食を取った後、又カジノへ。所がである。
空中へ舞った3人は、落ちることを知らない。そして、大勝。帰りの香港では、ブランド品を買って、家族のお土産に
するんだと張り切っていた。私もカジノでは負けたが、今回の旅行は、いい思い出を又一つ刻むことが出来、喜んでいま
す。本当にありがとう御座いました。

2007年6月 7日 (木)

香港・マカオ親睦旅行

関空の空は晴れ渡り、海外へ行くにはもってこいの旅行日和。しかし、香港・マカオ方面の天気予報では雨との事。
なんとなく不安であったが、関空を離れ、初めての香港に到着。心配を通りこして、汗ばむような好い天気に恵まれた。
1日目のコースが香港経由のマカオ行き。高速船に乗り込み、高層ビルの立ち並ぶマカオ着。特別行政区ということで、再度入国の手続きをしなければ成らず、順番待ちに疲れを感じる。それでも現地のガイドの巧みな話に興味が沸く。
マカオに来たんだ!体全体で実感する。観光地というより(カジノの街)。売上高・ラスベガスを抜いて世界一と聞かされビックリ。
京都の人口は200万人を超えているのに、総人口52万人で、一つの国。驚きと同時に感心させられる。カジノでの収入が多いので税金は取られないとの事。立ち並ぶ高層ビルのネオンとカンバンには、「‥娯楽場」と大書きし、目を見張る。
ガイドの説明に「眠らない街マカオ」と聞いてもピンと来なかったが、次の日の朝散歩に出かけて、納得。朝7時なのに
あらゆるカジノ場は、まだゲームを楽しんでいる観光客が大勢いた。2日間の滞在。どうなる事やら?!。