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2009年6月

2009年6月29日 (月)

父の日プレゼント

忙しい毎日を送る長男。先週の父の日にプレゼントが出来なかったからと土曜日に孫を連れてやってきた。

私の4人の子供達は、毎年の「誕生日と父の日」には忘れずに感謝の気持ちを送ってくれる。

親として自慢の子供達です。

その度に、答えようとプレゼントの品をすぐに開けて、身に着けたり、喜びを顔一面に表現したりする。

最近までは無表情で受け取っていたが、この世の中で頼りに出来るのは身内しかいないし、如何に親子のコミュニケーションを執るかが大事と考えるようになったからです。

何時までもいい関係で、末永く親子の絆を大事にしたい。

2009年6月22日 (月)

家族団欒で京料理

日曜日の夜6時45分ごろ、東山通りの八坂の塔を西へ入った所の京料理の店にいた。

 西山翆嶂画伯 ゆかりの地で、[京柿]という料理屋さんである。

エアコンや電気の不具合などがあると、呼ばれて修理などを任される、いわばお得意先でもある。 

前もって予約を取る為に、バレーボールの運動をやっている息子に電話を掛け、時間の都合を聞くことにした。最近は、行動パターンがそれぞれ違うので、中々一緒というわけには行かない。

久し振りに家族4人が揃うことになったので、食事にゆくことにした。

帰りは娘が運転して呉れることになっているので、妻と私そして息子はビールを頼み、娘はウーロン茶を。そして乾杯!

京料理を堪能しながら、お酒も入り、あっという間に和やかな時間が過ぎていった。

料理長の計らいで最後に、うなぎのかやくご飯を戴き、家族団らんの有意義な一時を過ごすことが出来た。

2009年6月19日 (金)

安全パトロール

某ゼネコンの安全パトロールに参加。

いつも安全協力会の役員を中心に行われていたようだが、今回から会員の方にも協力をお願いし、より安全の徹底に力を入れたいとの某社の狙いから出たようである。

2社から、初めての参加の私たち、現場経験もあり豊富な知識はあるものの、どこまで指摘したらいいものか検討がつかなかったが、危険と想われたらどんなことでも思ったことをいうようにと助言をいただきながら、パトロールに参加。

参加者全員が意見を述べ合い、こんな見方・考え方・捉え方が在ると言う事が解り、いい勉強をさせていただきました。

パトロールが終わり、駐車場に降り立った途端、大雨と突風に見舞われた。

最近の気象状況は異常な面がある.昨日も宇治方面でヒョウが降り、久御山町では床下浸水、に見舞われ、今日は大雨と突風。

世間の動向そのもののように思われて仕方が無い。

2009年6月15日 (月)

仕事に追われ

6月10日(水)から奈良駅前の工事を皮切りに、昨日の日曜日まで寝る間を惜しんでの突貫工事。

疲れもピークに達し流石に昨夜はよく寝れた。

パン製造の工場の改修工事には全員集合で作業に当たり、下請け業者とのコンビネーションで12日の午後7時より作業を開始した。

突貫工事の場合、他業者との連携が必要になってくるので、分担を決め作業が重複し、作業に支障が無いように取り計らった。

奈良での仕事を終え、伏見での作業を指揮、流石に疲れた。

日数の制限がある場合、無理を承知で遣るしかない。人の身体を心配し、自己がないように細心の注意を払う。人を使うからにはそこまで気を使っても大丈夫ということは無い。

最近、非常に事故が多い。

事故というのは、大丈夫!という慣れた感覚、慣れた慣習から起きる。

余程気をつけて架からないと、とんでもないことになる。

2009年6月 9日 (火)

全盲のピアニスト!優勝おめでとう。

昨夜の報道ステーションを皮切りに、朝の各局は一斉に「バン・クライバーン国際コンクール]で優勝した全盲の辻井延行さんの話題に集中している。

生まれた時から眼が見えず、成長も遅かった延行さん。

長女の娘が生まれた時も、「眼も見えない、耳も聞こえない]鳴き声もあまり聞こえない。

もしも、三重苦に見舞われたらどうしよう!不安に駆られ、孫を連れて都会の喧騒から離れ、田舎にでも住もうかと考えたこともあった。

そんな在りし日の孫のことを重ね合わせながら、その快挙に感動した。

鍵盤に向かっても、たじろぐことなく眼が見えているような感覚でピアノの鍵盤を叩く凄さに

感動と驚きで、一杯になった。

3歳になった孫も、成長は遅いかもしれないが、必死で頑張っている!

愛嬌もあり、[じいちゃん!]と大きな声を張り上げて私の腕の中に飛びこんでくる。

それが嬉しい!。生まれながらの天才に拍手を!そして、おめでとうを声高らかにいいたい。

2009年6月 8日 (月)

仕事とは 人生の敬意のこもった挨拶なのです

[仕事とは 人生の敬意のこもった挨拶なのです] パブロ・カザルス

仕事に行き詰ったり、仕事が無かったりするとこの言葉を思い出す。

人間は、一人前の仕事をし、人に認めてもらい、自分を誇らしげに思えるときが一番幸せに感じる。

仕事といっても色んな仕事があり、自慢出来ない事もある。

でも、今いるその場所が大事だと想っている。その場所に自信を持ち、頭を働かせ、知恵を出していく、そうやって自分の環境を作っていくことだと考えている。

人との応対にしても、精一杯生きているという自信があれば、その人の顔に滲み出て来るものだと信じる。

組合の支部役員会が開催されて、又新たな役割を担っていかなければならない。

退くことなく、新しい気持ちで頑張ろうと思っている。

2009年6月 5日 (金)

藤の花

藤の花の蔦が伸びている。

僅か2500×3000の中庭に植えて育った藤の花。

水も与えず自由に育っている。

耐えられないほど狭いこの庭から抜け出ようと必死にもがく

根を伸ばせるだけ伸ばし、僅かな隙間まで根を張る

すごい生命力に驚く

枝を伸ばし、蔦となって横へ横へ、上へ上へ好きなだけ成長する

近所の家にまで侵入する

目を覆いたくなるような光景につい鋏みをいれる

無情なまでに切り刻む

痛いだろう! しかし、生きてゆく為の非常手段なのだから。

2009年6月 4日 (木)

ハプニング

中華料理屋の厨房は熱い。

フードダクトの換気扇が動かなくなったので交換する事になっていた。

厨房の熱さを知っているので、前もって連絡を取り、仕事が始まる前に作業を終えたかった。

2時間もあったら作業が終了出来ると思い、予め鍵の置き場所を打ち合わせをし、現場に到着したのが午前8時前。

用意周到に打ち合わせしたにも拘らず、セコムの警報が切られていなかった為に、開錠して暫くすると、セコムの警備員と警察がやってきた。

二重警報が鳴ったからという。

打ち合わせ済みなので何も慌てることは無いと腹をくくり仕事をしていた。

それでも身分を証明するものを出してくれというので仕方なく、油で真っ黒になっている手袋を脱ぎ、免許証を差し出した。

息子と一緒だったので、応対と話は息子がしてくれたから良かったもののショウも無い所で時間を費やしてしまった!。

こちらとしても早く作業を完了したいのでかまわず仕事をする。

10年ほど経つのだろう、油が層を成し、ネチネチ・コテコテ。

朝早くからでてきて仕事をしているのに、えらいとばっちりを受けたものだ。

2009年6月 3日 (水)

体力の限界を知る

先日徹夜作業をした次の日、奈良駅前の商店街の工事に出掛けた。

午前8時半に到着すべく京阪奈道路にのり、下見に出かけた時の記憶を頼りに走った。

現場に着くと既に仕事をしている職人さん、元気よく挨拶を交わし、仕事にかかる。

道路拡張の為、建物をセットバックするための撤去工事。

順調に仕事をこなし、帰りに他の現場も立ち寄り、帰途に着いた。

帰るなり、疲れがドッと出てきた。「眠いのと身体がだるい。」

耐えられず、2階の居間で横になった。

ウトウトと眠りに附くが、熟睡は出来ない。

今頃になって、徹夜の付けが来たことを感じる。歳ゆえに、若い者のようにすぐに回復出来ないこの辛さ!無理は出来ないことを悟る。

今日の今の時間もまだ疲れが残ってシャキッとしない。

体力の無さをしみじみと感じる。当分は疲れが残るなあ‥‥。

2009年6月 2日 (火)

徹夜作業

土曜日の深夜23時30分。烏丸蛸薬師にある、とあるビルの屋上にいる。

この時間になるとビルの灯りも消え、薄暗く寂しい感じがする。

何故!こんな所にいるのか? 

実は徹夜でキュービクルの改修作業を開始する為に4人のスタッフと共に、ビル内の仮設作業を終えやっとの思いで階段を上がって待機しているところ。

改修の準備に取り掛かりかけた途端に、雨が降ってきた。

こんな事もあろうかと用意してきたブルーシートを張り巡らし、作業をするのに支障をきたさぬように段取りをした。

雨脚が強くなり、小型の発電機の灯りを頼りに作業を開始した。

空の色も薄明るくなってきても一向に雨の止む様子も無い。

ケーブル工事の業者が来るまでに何とか終えたい!そんな気持ちで必死で頑張る!

朝6時、頼んでいた業者の人の顔が見えた。

何とか間に合ったようだ。責任と隣り合わせていたからかも知れないが、徹夜作業にも拘らず、前の晩もあまり寝ていなかったにも拘わらず、そんなに疲れは感じなかった。

若い社員のほうが疲れを感じている様子であった。

ケーブル工事が済み、電気協会の耐圧検査が終わり、送電してもらう迄は気が抜けない。

検査も終わり、送電も完了し、後片付けをして午後2時に総てが終了した。

無事故で終わってホッとした。天気も回復して青い空が広がっていた。

本当にご苦労様でした。