myblog

2008年8月26日 (火)

ブログ移転のお知らせ

こちらのブログは、下記のURLに移転いたしました。

http://aida.blog.eonet.jp/

老人宅配線診断に参加

昨日の夜から朝に掛けて雨が降っている。
きょうは、京電工組の本部行事として取り組んでいる、【老人宅無料配線診断】の実施日である。
雨が降ったら、訪問される宅も嫌な顔もしたくなるだろうし、点検する我々も気の毒になる。
そんな気持ちが通じてか、どんよりとした曇りになってくれた。是でチョット一安心!
今にも降りそうな気配であったが、終了するまで持ってくれた。今日の診断は、わずか7軒。組合員参加者12名‥。
プロの電気工事士には、物足りなさが感じられた。それも仕方の無いことである。何故かなら、他地区との見解の相違で
早くから取り組んでいたにも拘らず、実施地域を譲る結果となり、再度消防署に依頼し、急遽調査し、署員の皆様のご協力を得て名簿が、提出されたからである。
其のことについて組合員の皆さんにも理解を貰い、今日の実施にこぎつけることが出来たから、諦めも付いたと思っている。来年は、こんなトラブルが無いようにし、1日中汗をかき、火災防止の為に努力したいと思っている。

2008年8月25日 (月)

オリンピックの閉会式に思う

昨日のオリンピックの閉会式は素晴しいものだった。
国の威信を掛けた閉会式。巻物を閉じるたびに、開幕から17日間、点り続けた聖火の灯が役目を終え消えていった。
打ち上げ花火の壮大なこと!もし参列できていたら度肝を脱がれ、いつまでも記憶に残っただろうと、TVの画面に釘付けになった。
選手の皆さんの精神的な戦いと、ご苦労が在ったればこそ、印象に残る活躍を私の記憶の中と、オリンピックの歴史に燦然と輝く1ページとして、留めることが出来たと本当に喜んでいる。
帰国後解団式が待ち構えているが、ゆっくりとくつろいでいただきたいと念願している。
終了後の中国を静観しなければいけないが、日本も経済的に冷え込む可能性がある。
うちの会社も例外ではない。今年1年、何とか持ちこたえるよう努力しようと考えている。

2008年8月23日 (土)

地蔵盆

京都の風物詩、子供たちの祭りである地蔵盆が、地域のあちこちで繰り広げられている。
昨年までは、町内の役員として携っていたが、今年は声も掛からない。やっと役から解放されたと実感すると同時に、一抹の寂しさを感じる。
オリンピックも有終の美を飾る戦いが繰り広げられている。
陸上競技で80年ぶりの快挙を成し遂げた男子400メートル・リレー。日本人も捨てたものではないなあと感動した。
やればできる!力があるんだ!
能力の限界も感じ取れる所もあるが、必死で頑張り、満面の笑みがこぼれる時、爽やかな感動が伝わってくる。
競技に参加している選手の皆さんに心から拍手を送りたい。
我々は、茶の間にいて、TVの画面からしか、応援できないけれど、心は通じている。

2008年8月20日 (水)

インターネットの設定

堀川通りを南下し、阪神高速京都線で交野へ行く。
高速道の下には側道が走り、その道は1号線のバイパスと成っている。そのせいか高速道に車の量は少ない。
少しでも早く現場に着こうと利用した。気を使うことも無くスムーズに走れ爽快である。
今日は息子を伴って、出掛けた。
 光ケーブルによる屋内内線なので、パソコンによる有線ランの設定をしなくてはいけないので頭の回転の速い息子に頼ることにした。
だが、馴れないせいもあり結構時間を浪費した。引き込みを依頼したときに総て設定してあると思い込んだせいか、設定に時間が掛かり、電話で問い合わせをしたりと、大変であった。
細かい作業は若い者に任せる事が大事だと感じた。
ID番号を打ち込み、パスワードを打ち込み、ルーターの設定にと頑張ってくれ、何とかインターネットに接続が出来、お客様に説明し、開放されたが、「うまくいかなかったらどうしようと焦った!」と、息子もいい勉強になったと、ほっとした状態だった。これからは、情報の社会。歳のいった私でも、少しは役立つようにハードの面で応援したいと考える。

2008年8月18日 (月)

感動

今、北京に於いてオリンピックが開催されている。
8月8日の開会式の素晴しい演出に驚いた。
開会式で繰り広げられたアトラクション。そこには歴史を感じる様々な趣向を織り成し、出演している人たちも国家の為、自分の歴史の一ページにしようと一生懸命だった。其の後の柔道の競技において金メダルを獲得した「内柴選手」のコメントに感動!平泳ぎで2連覇を達成し、金メダルを採った北島選手のコメントに感動!涙を抑えることが出来なかった。人間というものは、「何の為に‥。誰のために‥」何かをしようと常に思っている。と、私は思っている。
其の想いが強い人程大きく輝くのだと感じるし、人の心の中に伝播し、大きな感動を与えるのだと思う。
何もしないでも1日。必死で頑張って、有意義な行動をするのも1日。どちらが大事か?それを判断するのも自分である。其の積み重ねの中からしか答えは出ないと思う。
とにかく色んな思いの詰まったオリンピックの競技である。
4日間のお盆休み‥有効にすごせたかな?。

2008年8月 6日 (水)

贅沢なひと時‥

今日は朝から、左京区静市へインターホンの取替えに行く。
其の後、四条縄手の現場へ‥。下見が終わり、大阪・交野の現場へ。北から南へ大きな移動である。
現場の指示を終えたのが午前11時45分。
京都へ帰る途中腹が減ってきた。
弁当を持ち歩いているので、車が止められて、邪魔にならない適当な場所が無いものか頭をひねる。
名神入り口の近くに公園があるのを思い出し、国道1号線からそれるようにハンドルをきり公園へ向かう。
大きな公園である。同じように食事をしたであろう、つなぎの作業着を着た2人組みが寝転んでいる。
それ以外は、人気も無く夏休みというのに子供の姿も無い。
木陰に陣取ると、「ジーッ」「ワシッ ワシッ」蝉の鳴き声があたり一面に広がる。気持ちよく風も流れ、贅沢な佇まいのなか一人涼みながら、のんびりと広大な風景を見ながら食事をする。
「こんな食事もいいなあ」と、一人つぶやく。

2008年8月 5日 (火)

トランスの入れ替え

朝8時迄に現場へ行き、電気室のトランスの入れ替えに立ち会う。近電の作業員も早々と来てくれ、レッカー車もスタンバイ。屋上にある電気室‥。
手際良く、てきぱきとした行動。
午前9時〜12時までに作業を完了させなければならない。
その間、マンション一帯が停電。ライフラインの一つがない状態。責任重大である。
下見も検討もされているので仕事が速い。
重いトランスを狭いキュービクルへの入れ替え、大変な作業である。顔から吹き出る汗を諸共せず、レッカーの誘導から運搬までこなしていく。
11時過ぎに完了。本当にご苦労様でした。
引き続き内の仕事。電灯の切り替えと点灯試験。
昼までに総てが完了した。
暑い中で、無事故に終えるのを見届け、会社へ戻る。

2008年8月 4日 (月)

孫の涙

日曜日なのに仕事。
約束してあったマンションの1室へ。暑さのせいで、エアコンの効きが悪いという。素人はすぐに【ガス】が無いと思い込む。調査を開始する。ガス圧OK!お客様に説明。
日当たりの解決法、風の導線の確保を説明し帰る。
昼までのんびりし、長男の家へエアコンの取替えに行く。
妻も孫に会えるからと同行。
久し振りに会うからと、アイスクリームを買ってお土産に!
仕事を終え、折角ここまで来たのだからと、今度は長女の家に行くことにした。
同じようにアイスをお土産に‥。2歳になった孫は、上手に話が出来ないが、表情豊かに迎えてくれた。
私も久し振りなので、抱き上げ孫と遊ぶ。暫くは、お土産のケーキを食べたり、表へ連れて遊んでいたが、時間も遅かったので、帰ることにした。
今まで気をよくしていたのに、「かえるからね」といった途端、顔をしかめ泣き出しそうになった。
慌てて抱き上げ、表の車まで連れて行った。目に涙をため、手でこすっている姿を見て微笑ましく思った。
何とかわいいんだろう!「来た介があったなあ」と妻と話しながら帰途に着く

2008年8月 2日 (土)

焼肉で夏場を切り抜けよう

8月に入って初めての土曜日。
先月から「暑い時なので皆で焼肉に行こう。」と約束していた実現の当日を迎えた。
車での参加は厳禁としているので、思い思いの形で集う。
最近焼肉やさんが店を閉めてしまい、探していた矢先に近所で見つかった。
どんな店か楽しみである。
社員の皆が、栄養を着けて、明日は日曜日、ぐっすり休養。
そうして欲しいと願っている。
うちの会社は、食事会となると無礼講。
好きなものを食べ、好きなことを話しをする、解き放たれた空間を造れる絶好の機会。
又、明日から元気に働いてくれることを願っている。
それにしても暑い!曇り空もどこへやら、青い空と照り返しのきつい道路や屋根瓦から眩いほどの熱気が立ち込めている。夜の宴会を楽しみに、午後からの仕事に出かけようと思っている。

2008年8月 1日 (金)

暑さに参った

今日の暑さも異常だ。朝から屋上の電気室で作業をしていたが汗が噴出して止まらない。タオルを絞りながらの作業。
作業着も汗で水をかぶった状態。堪らず肌シャツと作業着を脱ぐ。思いっきり絞ると汗を吸い取ったシャツから水に付けたような感じで水が弾き出される。
絞ったシャツを天日に干し乾かす。
電気が入った状態での作業‥安全を期し、防護カバーをしての作業。感電しないよう気を配り、幹線のブレーカーを取り付ける。
昼から約束していたお客様のマンションへ‥。
換気扇の取替えを開始すると、お昼飲んだお茶のせいか汗が噴出し、作業がスムースに行かない。
タオルを持ってきて貰い汗を拭きながら、眼鏡をはずし取替えに専念する。やっとの思いで終了。
次は洛西のお客様の所へ向かった。
午後3時の国道9号線の気温は【37℃】を表示していた。
なるほど暑い筈だ‥うなずきながらコンビニへ‥。
アイスを買って口いっぱいにほおばる‥‥。

2008年7月31日 (木)

値上げに負けない!

毎日悲鳴を上げたくなるような暑さ。
それを上廻る物価値上げのニュース、この先どうなるのやら不安になってくる。
景気が停滞すれば、需要がなくなるのは目に見えてくる。
建設業界も大変、其の下請けをしている電気業界も大変。
先の読めない程大変なことは無い。
社員や下請けの皆さんに迷惑の掛からないように仕事を探さなければならない。
賃上げの出来ない状態では、生活にも響いてくる。
社員は月給だからそんなに心配は無いものの、充足感の欠如が問題だ。
色んなことを心配すると、寝苦しい毎日なのに一段と寝苦しくなる。
役員として、色んな行事に参加しているから、まだ救われる!
今大事なことは、自分自身がしっかりし、迷わないことだと思っている。

2008年7月19日 (土)

暑さゆえのトラブル

異常な暑さ。
料理旅館の店長から電話が掛かってきた。
「ブレーカーが落ちてどうしょうも無い。すぐ来て!」
と、悲鳴にも似た声での依頼に飛び出した。
移動中にも又、電話。「今向かっているから、チョット待つて」電話を切る。
現場へ付くと玄関入り口で待っている店長。
計器を持って分電盤で電流を計測。使用電流のバランスが悪い!早速作業に取り掛かる。
今までこんなこと無かったのに?各部屋の分電盤で主幹の
相の変換をして再度計測。
何とかバランスは取れたものの主幹を変える必要があると判断支店長に相談。「是非取り替えて欲しい。」
その場で注文をして、後日の作業を約束して帰る。
一時にエアコンを始動させたがゆえにこういう結果になったと判断するも、客商売は大変だなあと思いながら、この暑さゆえの出来事と痛感する。

2008年7月17日 (木)

正式に会員となる

昨日、関西地方にやっと梅雨明け宣言。
本格的な猛暑の到来。
昨日の16日・pm6:30より京都駅の東隣に面した「メルパルク」に於いて中小企業家同友会・主催でオリエンテーション・ステップ2が開催された。
この会合に出席して初めて、正式な会員として認められるらしい。祇園祭の宵山の日と重なって、欠席者もあった。
浴衣を着た講師の言葉巧みな話し方にに耳をそばたて、真剣に聞いた。
同友会の3つの目的を勉強。其の後グループ毎のミーティングに参加。
今の段階で、我社に取り入れることは何も無かったが、人それぞれの考え方や取り組み方は参考になった。
慌てることはないと思う。私が望むこと‥それは、私の会社に勤めてよかったと感謝して貰えること。
そして、働く中で社員一人ひとりが知恵を出し合い、一歩前進の会社に発展させようという息吹きが漲る事だと考えている。
いい夢が見れるよう、明日も頑張ろう!

2008年7月15日 (火)

祇園祭

朝からどんよりとした曇り空。
外に出ると僅かながら風がある。でも部屋の中はムッとして動くと汗が噴出してくる。
きょうは祗園のパブでの仕事。
祇園祭の「宵宵山」を楽しみ、そのままスナックかパブに吸い込まれた若い連中だろう。
浴衣姿にウチワを持った2〜3人のグループが店から出てくる姿が、アッチ・コッチで出くわした。
気楽なものだ。女の子も混じっているのに、親が心配していないのかと気になる。
今日の仕事は、エアコンの洗浄。社員に指示をし、私は、次の現場へ出かけた。
気にしていなかったが、【祇園祭】の本番が近づいているのを肌で感じた。

2008年7月14日 (月)

日曜日のくつろぎ

蒸し暑い日曜日。
のんびり出来る最高の日曜日。
暇だ!ひまだ!と思っていたら、組合の行事や今年入会した組織の会合に参加したりで、結構忙しかった。
靴底をみて驚く。
表面は綺麗なのに靴底は穴が開いて割れている。
灯台元暮らしで、気が付かずに履いていた愛用の靴。
靴のセールを遣っているチラシを発見。
女房と買い物。店に来て思い出し、息子も呼んだ。
外で汗をかくより、店のクーラーで一休み。
好みの靴を見つけ、合計4足も買ってしまった。
家に持って帰って腰を下ろし、大きく手を拡げ深呼吸。
そうだ!温泉に行こう!思いついたらすぐ実行。
何時も行っている「竹の郷温泉」へ車を走らせた。
ガレージは満車。料金が安く、湯船も大きく、ゆっくりくつろげるからだろう。家族連れが多い。
1時間程だったが、結構疲れた。
家に帰りビールを飲んだら寝てしまった。

2008年7月10日 (木)

助け舟

暑い日が続いている! 梅雨が明けた様なそんな感じ!
仕事が少なくなったと思ったら、有難いことに仕事を紹介してくれる人が出てきた。
こんなに嬉しいことは在りません。不景気で仕事が少なくなった現在、何よりと喜んでいる。
常に前向きに取り組んできたし、人との出会いを常に大事にしてきたからだろうか?。
困ったことが起きたり、悩みがあったりすると誰かが助け舟を出してくれる。
本当に恵まれていると感謝している。
だからこそ、決して裏切ることなく誠意を持って、常に感謝することを忘れず頑張りたいと思う。

2008年6月25日 (水)

「嬉野・呼子」社員旅行

6月22日から3日間の社員研修。
心配された天気も、曇りのち晴れ一時雨の好天気に恵まれたスケジュールで終えることが出来た。
最初の観光コース・【柳川下り】だけが、全員カッパを着ての遊覧となったが、それも良い思い出の一つとして記憶に残ったと思っている。
仕事で頑張る社員・協力会社の面々が、「何もかも忘れての旅行になればいいなあ」こんな気持ちが伝わったのか、爽やかな天気に恵まれ、宴会も料理に舌鼓を打ち、ビンゴゲームで盛り上がり、家族も交えての旅行に、和気藹々と楽しみながらの旅行であったと自負している。
西九州への旅行は、初めてと言う今回の参加者。
2日目の唐津市呼子町では、釣りを楽しんだり、初めてヘリコプターに乗り、空中遊泳を楽しんだり、新鮮な生きた烏賊の足が動くイカ料理に驚きながらも「おいしいなあ」と喜ぶ顔が嬉しかった。
毎年、この様な研修会が続くことを念頭に頑張りたい。

2008年6月21日 (土)

身体が大事!

疲れが限界に来た。
肩と腕の付け根が悲鳴を上げるほど痛い。
寝起きする度に、腕を上げるたびに激痛が走る。
辛抱しながら仕事に励んだ代償だろうか?歳を考えず無茶をしている。何とか為る!そう思っても心身は一つ。
やっとの思いでマッサージ専門の診療所へ駆け込んだ。
「モット、早く治療を受けなくては!」と、咎められる。
無理をすることは無い!。体が資本!。一人の身体ではない事を知っていながら無理をする自分が恥ずかしい。
明日から3日間、九州の博多・佐賀方面へ社員研修旅行へ出掛ける。この機会に今迄の疲れを取り、気も休まればいいのだが?。
それはそれで気苦労もする。
無事故で、楽しく思い出に残る社員旅行にしたいし、その家族もつれての旅行なので神経は使うと思うが、割り切ってリフレッシュしようと考えている。
明日の天気予報は雨のち曇り‥‥。

2008年6月17日 (火)

岩手・宮城沖大地震

緑が映え、清清しい飛騨・高山へ研修。
日本アルプスには雪が残り、もう夏が近い事を印象付けている。久し振りに訪れた飛騨高山。
北陸自動車道が開通したお陰で早くついた。
便利になったものだ。
京都を8時30分に出発。バスに揺られて飛騨の里近くの大きな食堂で昼食。
何にも知らず、気楽に会話。お昼のニュースで岩手・宮城沖地震が発生したと知らされる。
四川大地震が起きた直後の出来事だけに驚く。
震度6強で、被害も甚大。道は寸断され、旅館が倒壊し、生き埋め状態。揚句の果てに新幹線も止まり立ち往生。
同じ日本にいながら、この惨状。
何も出来ない腹立たしさを覚える。2日間の研修を終えて帰ってきても新聞の報道は続く。
山間部でこの有様!。都会での出来事だったら大きな被害になっていたに違いない。身が震える!
被害に遭われた岩手宮城の皆様にお見舞い申し上げます。

2008年6月 9日 (月)

防災コンテストのイベントに参加

松下電工・「全国防災会社の防災コンクールに参加」し、入賞された166社の代表が、お台場の日航ホテルに集った。京都から新幹線とバスでホテルに到着。2時30分から感謝状の贈呈式のイベントが開催された。
我社も今年で4回目の入賞となり、参加。
京都・滋賀からの参加は、7社。いつもの顔ぶれに驚く。
1年に1回、顔を合わすメンバーとなり、懐かしさで話題も尽きることが無い。
感謝状贈呈があり、挨拶の中で「株主総会で認められれば今年の11月からパナソニック電工と社名が変わり世界に通用するブランドとして頑張りたい」と表明。
終了後、バルセロナで柔道の金メダリスト・古賀稔彦氏をお迎えしての講演が行われた。アキレス腱を痛めても不撓不屈の精神で勝ち取った金メダルの模様がビデオで放映。
其の後、本人の関わった体験を中心に講演が行われた。
体験ほど感動するものは無い‥。小柄ながら迫力の有る話に全員が魅了されていた。
小さな会社でありながら、毎年参加できるのも社員のお陰と感謝している。有意義な贈呈式に感謝!

2008年6月 4日 (水)

行事に追われる

早いもので6月が来てしまった。
6月を迎えると、色んな行事が待っている。
ゼネコンの安全協力会の総会や、各種団体の総会・同友会のオリエンテーション、感謝状の贈呈式。
一人でこなすのも大変な負担となる。
最近は、専務にも負担をお願いし、参加して貰っている。
参加することによって、色んな情報も得ることが出来ると自覚し、出来るだけ参加できるような体制作りを考えている。
この忙しい時期に、社員研修も組んでしまった。
出来る時に何もかも遣ってしまおうと計画した。
先が見えない分、今、実行して置こうと思う。
甘いかもしれないが、早めの決断も大事だと思っている。

2008年5月31日 (土)

頑張る営業マン

頑張る専務がいる。  
後について動いている息子がいる。
先行き不透明な電気業界と世相。それを憂えてか、動き出した二人組み。先ずは近隣からと、チラシを作りポストイン作戦。
地図を広げては、打ち合わせに余念が無い。
ビラ配りの後は、訪問し反応を確かめる。
目に見えない手探りの営業。大変だということは私が一番知っている。
だからこそやりがいもあり挑戦できると思う。
私は、技術で今の会社を立ち上げたが、跡取りの息子は私と違った遣り方で、方向性を見出して欲しいと思う。
其のことを痛切に感じている専務は、息子を前面に押し立てて一緒に頑張って呉れている。有難いことである。
オール電化は、金額が張り、中々[OK]のサインを出す家が無い。それでもT�でコマーシャルが流れ、卸業の営業マンも協力を惜しまないと言って呉れているのには有難い。
私もエールを送りながら、協力したい。

2008年5月26日 (月)

電話が鳴らない!

景気動向調査が手元に入った。
総ての業種がマイナスで推移している。
特に建築がひどい。
其のあおりか、私の会社も仕事が少なくなってきている。
私の携帯電話にも着信の音色があんまり響かない。
景気がもう一つなのか、寂しさを隠せない。
原油高が止まらず、物価・原材料の高騰。
そのくせ、工賃は換わらない。これは、政治が不安定なのも原因しているように思える。
全体がそうだから仕方が無い!。と、諦めるわけにもいかず、何とかしなくてはいけないと思案している。
企業努力が必要だとひしひしと感じる。
新たな展開をしようと、チラシを作り、奮闘しているが、反応が無い。
「あせっても仕方が無い、長い目でみよう。」と理解し、対応しているが、チョット不安。

2008年5月23日 (金)

第51回本部総代会

年間行事の最大のイベント「第51回本部総代会」が、5月22日に開催された。
本部理事の一人である私。時間一杯まで仕事をし朝の11時30分からの役員会から参加。
「今年の総代会は大変や!」そんな声が聞かれたが‥‥。
午後1時から開始された総代会。
議長の采配宜しく、多くの議題を抱え、時間が心配されたにも拘らず無事に終了。
議長のメリハリのある進行に感謝し、おもわずご苦労様と声を掛けさして貰った。
理事の方々も一案心したことだろう。
懇親会も盛り上がり、北部の友人と2次会に。
話が弾み、遠方から参加の為、時間を気にしながらも電車の時間一杯まで飲んでは語り、有意義な時間を作ることが出来た。

2008年5月19日 (月)

申し訳ない‥ 。(タイ旅行記)

先月のブログ投稿の際、タイ国への旅行の計画を書いた。
私の知っている方からコメントを頂いているのに気が付かず、久し振りにブログを書いている時に発見。
「大変申し訳ないなあ」と思いつつ、書いている。
公私共に忙しかったので、ご無沙汰して申し訳なく感じている。写真があったら、公開するのに残念でならない。
京都の材料商である「リキデン」の招待で、3泊4日の旅に夫婦そろって参加。
タイ国際空港では、日本の免税店で購入した酒とタバコを置き忘れ、戻ることも出来ず、タイへの土産と代わってしまった。言葉が通じない「はがゆさ」を痛感。タイのパタヤで2泊。        ホテルでは椰子園が拡がり南国の情緒を楽しむことが出来た。ラン島めぐりで、生まれて初めてパラセーリングに挑戦。ボートに引かれて空を舞うスリルを味わう。夜のうちに雨が降り、観光に支障も無く、パタヤの海とバンコクの「暁の寺院」に魅せられた素晴しい旅行となった。招待して戴いた「リキデン」に感謝。

2008年5月17日 (土)

春の北海道

大阪に本拠地を持つ「タケデン」(電材商社)。
5月13〜14日の旅行は、タケデン・三菱電機とのタイアップで開催された北海道への一泊旅行。今回で2回目の参加である。
春の北海道は、まだ桜が咲いていたが、寒くて風が強かった。アイヌの博物館(ポロトコタン)の見学。
引き続き、昭和新山・サミット開催予定の洞爺湖・中山峠を廻り、夕食は、寿司屋が軒を並べる中の「新岡」で新鮮な魚貝類を載せた握りを堪能。北海道の味覚を満喫する事が出来た。バスは札幌の宿泊先となっている、プリンスホテルへ到着。温泉につかり1日目を終了。
次の日は、ゴルフ組と観光組に別れて行動。
観光組の私たち8人は、藻岩山の山頂めざしロープウエーで札幌の景色を眺望。
北海道開拓村へとコマが進み、初めての体験に感動し、満足する事が出来た。
今回のコースは札幌を中心とした観光なので、ゆっくりと見学する事が出来、本当にいい思い出を作る事と成った。

2008年5月10日 (土)

五月の連休

五月の連休。世間ではどのように過ごそうか?。
と、考えて大型連休を過ごされたことだろう。何時もだったら、私も其の中の一人であったはず。
5月2日の午前9時に実の弟の訃報が入ってきた。
仕事へ行く途中の出来事‥。すぐさま引き返し、愛知県の碧南市へ‥。人の命ははかないものである。いずれは死別する覚悟は出来ていたものの、急なことで面食らう。
 息子の長男はいるものの、初めての経験で途方に暮れている。
力にならなくてはいけない!。葬儀の段取り、知人・友人に対する生前のお礼を兼ねた連絡‥等々。弟の長男と打ち合わせをする。
通夜・葬儀・初七日と慌しい毎日であった。夜も眠れず、疲れた。総てを終え、帰った5月5日の祭日。仕事もせず明けた現場へ行き、穴埋めをする。最後の休日だけは家族でくつろぐことにした。何時も行く竹の郷温泉で疲れを癒そうとのんびり‥。

2008年4月22日 (火)

藤の花が開花した

昨日、嵐山の得意先へ行く。
山肌を桜色で染めていた山々。今は青々とした初夏の色に変わっている。
我社の藤棚の藤が今見ごろに開花した。
今年も元気一杯に咲き競っている。紫色の花が無数に開花し、長さ4〜50cm位も有る。
朝日に輝く藤色。うちの会社の自慢がこの藤の花。
手入れが大変な分。沢山の花を咲かしてくれる。
何ともいえない美しさ。桜と違う美しさがあるし、楽しめる。
わずか一坪ほどの所に、これほどの花をつけるとは‥‥。
今ブログを書きながら藤の花を見つめていると、まぶしいばかりの太陽の陽が藤の花の隙間から目に入ってくる。
今日も暑そうだなあ!
明日23日から26日迄の4日間、電材商の招待で夫婦そろってタイ国のパタヤへ行く事になっている。10年以上前に仕事で行ってから、遠ざかっていたので楽しみがである。

2008年4月19日 (土)

合同見学研修会

4月17日(木)雨
工組上支部・内研の合同研修会に参加。
生憎の雨の中、関電が用意して呉れたバスに乗り、大阪城公園に隣接した松下ビジネスパークへの見学研修会。
この行事は教育指導委員会の担当である。
担当の私は進行役をおおせつかり、責任重大である。
今回の研修には、息子も参加して貰い、電気のことを早く覚えて欲しいとの願いから参加してもらった。
雨の為、到着時間が遅れたものの雨もやみかけ気分も晴れてきた。展示物を見学。アンケートも記入し、大阪城公園の中を散策し食事。
大阪城天守閣の前のレストランで、準備された席に着きビールを一気に流し込んだ。腹が減っていたのかビールが胃を締め付ける!名物のたこ焼きを自分で焼き堪能。
歴史館を見学し、大阪の貴重な歴史を知る。
一気に歩いたので、足に身が入り疲れた。其の後、NHKのスタジオ見学。
まだまだ知らないことが多すぎるなあと実感。
スケジュール通りに進み、雨にあうこともなく責任も果たし無事終了。いい思い出が出来たと喜んでいる。

2008年4月10日 (木)

願うこと

 4月1日に入社した息子。
専務に連れられ、得意先を回ってきたり、私と一緒に仕事をしたりしながら、笑顔を絶やすことなく頑張っている。
「電気工事の職業訓練校」にも、原チャリで30分を掛けて通学している。
後継者としての意識を持ちながら、やっと10日という感じである。
私は、何時も一人で頑張ってきたが、強い味方が出来たみたいでなんとなく頼もしくもあり、嬉しくなってくる。
色々と体験を重ねて、一人前に成るのだから、くじけず前向きで頑張って欲しいと願うばかりである。

2008年4月 8日 (火)

残材の整理

四月に入り、天候も晴れたり、雨が降ったりと芳しくない日の繰り返し。
仕事のほうも一段落し、芳しくない。
暇になると何かしなくてはと、色んな事を考える。
社員を遊ばして置く訳にはいかず、何か仕事を作る算段をする。
こういう時こそ材料の整理をしよう!
思いつくや直ちに実行‥。整理する為には、棚を作って整理しなくてはいけない。鉄材のアングルを買い、コンパネを買い、製作に掛かる。
溜まれば溜まるもんだ!仮設材しかり、余った支持材。
中途半端な電線。よくも是だけの材料が残材として、積み上げられたのには驚くばかり。
2日がかりで、整理しながら、掻き分け・掻き分け狭い倉庫の中で棚作りに奮闘する。
整理してない為、余分に購入したものなどが目に付く、チョット探したらいいのに、とぼやきながら肩ずける。
 整理にするのに時間が掛かるけど、見直すのには「もってこい」の時期と捉えている。

2008年4月 2日 (水)

桜並木

久し振りに、得意先の木屋町通りへ行く。
見事に咲き誇る桜の美しいこと。三条通りから五条通りにかけて桜並木が続き、今が満開。
思わず携帯を取り出し、シャッターを押す。
デジカメでもあったら、モット素晴しい写真が撮れたのにと思いつつ‥。
仕事を終え、川端通りに出るとピンク色に輝く枝垂桜の並木が続く。
一緒に行動をともにしている新入りの息子も感嘆しどうし。
「僕はしだれざくらがすきやねん。】そういいながら携帯のシャッターを押す。
何でもいいから感動する心が大事。そう思いながらハンドルも軽やかに気分も爽快。
今の内に思い出でが一杯できるといいなあ。と、一人でニヤッとしている。

2008年4月 1日 (火)

入社の朝

4月1日。今日は思い出深い一日の始まりとなる。
跡継ぎにと、東京で4年間勤め上げた会社を退職し、今日から一社員として、入社。
朝から、色々と説明をし、自分で身の振り方を考えるように教える。社員とのコミュニケーションをとることの大事さを諭しながら、専務を交え、今後の取り組みについて話をする。朝起きたときは、陽が射して爽快な一日になるなあと勝手に思ったのも束の間、肌寒さを感じるように雲に覆われてきた。きょうの出発のこの瞬間の出来事であればいいのに。

2008年3月31日 (月)

桜と息子

今、天神川の桜並木は、見事に咲き誇る桜達と、行き交う人と車で春を演出している。
素晴しいロケーションである。
八重桜の鮮やかなピンクもあれば、品祖な桜も有る。それでも、それぞれが鮮やかな色合いを競っている。
桜は団結の象徴と聞いたことがある‥。
桜の花は、下から花びらを咲かせ、上の花が咲く頃に下の花びらが落ちるという‥。観察すると、なるほどとうなずける。
桜の花を見ると、心も華やぎ、嬉しくなる。
 東京に就職していた次男坊が、跡継ぎになるために帰ってきた。大変な苦労が待っていることも知らず、簡単に引き受けた息子‥‥。
「苦労は買ってでもするもの」と教えられた私の時代と違い、何が起こるか解らない時代。じっと見守る事しか出来ないと思うけれど、従業員の中に入って苦労を苦労と思わず頑張って欲しい。確かな手ごたえを自分で見つけ、自分の力で切り開いていって欲しいものだ。

2008年3月29日 (土)

季節の変わりめ

弥生3月も終わりに近づき、桜の季節へと移っていく。
人の動きも同じことが言える。
年度末の引渡しに追われ、大変な思いをしていた矢先、事件が発生。人の段取りが出来ず、外灯のペンキ塗りを頼まれた。従業員の折角の頼みに応えようと、色合わせをし、塗ることになった。気持ちよく仕事に掛る。満足行く仕事が出来たと喜んでいた次の日。現場監督から電話が在り、「車にペンキが付着しているからと、苦情がきている」驚いたのは私自身。そんなバカな!                  あれだけ養生をして仕事をしたのに!
塗りかけた時、突風に見舞われ、養生をした其の隙間を縫ってペンキが車に付いたらしい。
車は「ベンツ」。菓子包みを携え、迷惑を掛けたことを謝り、修理代は持ちますから‥。そんな経緯で、他人に迷惑を掛けることになった。                 何とか保険を使って、29日の今日解決したが、色んな問題が生じ、嫌な思いをした。
事件発生の間に、電気工事組合の地区総会の遣り繰りをしながら、地区長としての責任を全うすることが出来、大成功のうちに終わる事が出来たのが、せめてもの慰めであった。
何が起こるか判らない人生。              季節の変わり目には、人の動きや、心も気をつけなければいけない、とつくづく感じた‥。

2008年3月 8日 (土)

季節の贈り物

大阪に在住の、次男坊の息子の親友のお母さんから季節の贈り物が届いた。
「いかなごの佃煮」である。手に入れようと思うと高価な品らしい。
2センチ5ミリ位の透きとうって見える小魚。
手間暇掛けて一生懸命作ってくれたであろうと、想いをはせながら、歯ざわりを堪能しながら戴く。        「おいしい!」。ご飯と一緒に食べて好し、酒の肴にも合う。息子の友達のお母さんとは息子を介し、お付き合いをするようになり、何かにつけて気を使っていただいている。
ちょっとしたきっかけで、仲良くなり、親しくお付き合いをさせて頂いている。
嬉しいものです。有難いことです。           お陰様で、早々と季節のおいしいものがいただける。
この様なお付き合いが出来ることに感謝‥。

2008年3月 5日 (水)

無理しないで!

若さというものは、良いものだ。
どんなに遅くなっても朝元気に出勤して、現場へ行く。
昔の話をすると、鬼が笑うかもしれない。
若い時の踏ん張りは何処へやら、
負けまいと頑張れば頑張るほど、疲れが溜まる。
元気を続けようと、栄養ドリンクを飲んだり、野菜ジュース
を飲んでいる。
それでも疲れは溜まるばかり。一日が終わり、食事をすると、コタツの中でいつの間にか寝ている。
そんな毎日が続いている。
「そんなに気張って働かなくても良いのに」と妻にぼやかれる。きずかってか、起こそうともしない。
何とか仕事をこなし、みんなの負担を和らげようと思うと、つい無理をする自分がいる。
最近はこんな調子。

2008年3月 1日 (土)

仕事に対する評価

朝から薄曇の空の色。
2月は忙しい日々を送ったものだ。やっと一段落して気分的に楽。
遅い時間にお邪魔しての仕事、現場での残業。
やりくりだけでも大変。そう言う時期に限って、仕事の依頼が殺到する。
依頼先の期待に応える為に必死に成っても客は解ってくれない。終わったら、請求書の作成。
内容も解らず、何でこんなにするの。と、まくし立てる客もあり、素直に喜んでくれない。値切りに掛かる‥。
損までして、仕事をする気もなし、最低限のやりくりに必死。頼むだけ頼んで、最後に値切りに掛かるお客ほど手に負えないし、喜びも無い。我々仕事士(技術屋)は、出来た仕事に対しての評価と同時に、金額の評価が一番気になる。
でも人間の嫌な面が見えてきて嫌になるときが多々ある。
其の反面、先日。紹介をしてくれたお客さんから、よく遣ってくれたと、寸志を呉れた。この真心に感謝した。
解ってくれる人はきちっと見てくれているんだと喜ぶ。

2008年2月21日 (木)

会合と仕事と

今日は久し振りの春の陽気となった。爽やかさが感じられ、太陽の陽光に日向ぼっこ‥。
�T推進委員会のメンバーになっている私。10時30分の開会に遅れないように車を飛ばす。今日は間が悪いことに、九条通りを東へ走った為、骨董品で有名な「弘法さん】で出店が並び、渋滞。
電話は鳴る。(もしも取締りをしていたら‥)運転中に携帯で話をしていて捕まったことがあるので、車を道路脇に寄せて話をする。時間が迫る。
事故は絶対禁物!安全運転で参加。遅刻はしたものの何とか会議に参加できホッとした。
昼からは本部理事会。組合運営法の改善で山積する諸問題を抱え意見伯仲。午後3時から、人がいないため、エアコンの取付けを頼まれているので抜けることにして現場へ直行。
現場はマンションを借りることになっている若い調理人の住まい。最近では珍しい気のいい若者で、兵庫県から京都の店へ就職。何と無く気が合い仕事をしながら会話。若い人と話をすると元気を貰える。今日は収穫があった。

2008年2月20日 (水)

陽が射して

久し振りの青空が広がり、事務所の窓ガラスを透して陽が入ってきた。
なんとなく暖かさを感じる。
このようなのんびりとした朝を迎えるのも久し振りである。
社員は朝早くから現場へ出て行って、事務所の中は静まり返っている。
現場の人間は竣工間近で忙しい!夜も遅くまで頑張っているのに、何もしてあげられない自分がはがゆい。
持ち場持ち場で責任を持ってやって呉れているのが嬉しい。
仕事には責任を持ち、忙しい現場には率先して応援に行っている姿を見ると、お互いの意思の疎通が出来、「まとまりの有るサークルが出来てきているなあ」と実感し、嬉しくなる。
この様な姿を見ていると、何かで報いてあげなければ社長としての自覚が無さ過ぎると、感じてならない。

2008年2月18日 (月)

市長選終わる

京都市長選挙の投開票が終わった。
投票率の悪さに驚いている。
新人同士の戦いなのに、関心が無かったのか、それとも4党相乗りの選挙で結果が判っていた為だろうか?
蓋を開けてみると、最後の最後迄当確が出ず終了間際に、やっと当確が確定し、其の差951票。薄氷を踏むような緊迫した結果に終わった。これからの京都市の未来を考えると、試練の出発と為るだろうと案じてならない。
新市長の「門川氏]の采配と市民生活に対する取り組みに委ねねられていると思う。
大変だろうが、150万市民の為に頑張って欲しいものです。

2008年2月 7日 (木)

かわいいな!

先週の土曜日〜日曜日に掛けて孫の「リナ」を連れて娘がやってきた。久し振りに私の顔を見てニコッと笑顔を作る。
可愛いものである。
知恵もつき、どうしたら相手をしてもらえるか?考えているのかな‥‥。トコトコと身振りも宜しく寄って来ていきなり指を掴んで自分のおもちゃの車へ連れて行き、車にのって押せと身振りで指図する。
勢いをつけて力一杯に車を押してグルグル。「キャッ・キャッ」と声を出して喜ぶ。つられて又グルグル。
自分で車から落ちて転んでは喜ぶ。
力尽きて「ゼイ・ゼイ」呼吸が乱れる。
そんなことなどお構い無しに「もっとやれと」せがむ。
歳は取りたくないもの!フラフラになりながら相手をするが長続きはしない。
コタツに入り横になると、諦めて覗き込む。
孫は本当にかわいいものだ。

2008年2月 5日 (火)

闇に向かう人心

最近、世の中の動きがおかしい。
食の安全もしかり、人為的な要素が含まれているように思われて仕方が無い。殺人を犯しても知らん顔。傷を負わせても精神的な問題で解決されようとしている。
精神的におかしな人が沢山出てきている。自分中心の考えが横行しているように思える。
今日も現場で電線を盗られたと言う報告が入ってきた。
昨日遅くまで残業をし、明日の仕事の段取りが出来たと想い帰ってきたという。午後10時半過ぎの話。帰り去ったのを確認して、現場の鍵を切り、天井に伸びている、10系統の電灯の幹線を無残にも切断。おまけに、パイプシャフトの
幹線までもである。苦労して立ち上げ入線し、後はメーター板を取り付けるまでになっていたのに、折角の苦労も一瞬のうちに新たな仕事をしなくては為らない状況に追い込まれている。一生懸命に残業までして仕上げたものを、何故!
人の苦労も知らず、金になるものだったら人の行為は関係ない!こんなんでいいのだろうか?腹が立つこと仕切り!
今日緊急の会議をし今後の対策を考えようと思う。

2008年1月30日 (水)

講演会に参加して

中小企業同友会の講演と賀詞交換会が、二条城前の全日空ホテルで開催された。
いまだに同友会に加入してないけれど、ゲスト参加として招待された。
講演の内容は、「格差社会の克服」〜中小企業が“地域”を変える〜 と題して神戸大学の二宮厚美教授によって、約1時間の講演が行われた。
囲碁の精神である[着眼対局][着手嘗局]をキーワードに進められた。生活保護を受けている所帯が110万〜150万に膨れ上がっている現実、1990年以降の経済の流れによって現在の賃金が、25兆から30兆円の減少になっている。
そして派遣会社の台頭によって、ネットカフエ難民が増え、
雇用による格差社会が出来上がり、若年層の結婚が出来ない等々。中小企業の皆さんは、地域循環型の商売・若者の人材育成をお願いします。という内容の講演。
私が知りたかったのは、其の原因が何により起因したのか、
どうしたら解決するのか、という回答が欲しかった。
考えてみると、「団塊の世代の前後を生き抜いた人達が其の答えを知っているなあ」と自分に言い聞かせた。

2008年1月29日 (火)

会話の中で

人と人の対話の中で、上手にコミュニケーションが取れるようなそんな会話が出来る様になってきたと思っている。
今迄は、人の心の中に入ることが出来ず、反駁されるようなそんな場面が多々有り、気まずい思いをすることが有ったのに。
最近は、何故か頼られたり、相談に乗ったりと、会話していても「とってつけたような話」ではなく、くったくの無い話が出来、盛り上がる。歳がいって丸くなったのかなあ?
やはり自分の心の持ち方や雰囲気が変わってきたのかもしれない。
其のお陰だろうか?。まだ4〜5回しか話をしたことも無いのに「家をリフォームしたいのだけど知り合いの人いる?」と、相談を受け早速、今日下見と打ち合わせに行く。
こんな具合に次々と仕事の話が舞い込む。
私にとっては嬉しいことである。

2008年1月28日 (月)

期待します

大阪府知事選挙が終わった。
やはりな!そんな予感がしていたが、見事に的中した。
最近の考え方が随分と変ってきていると思う。
何か遣ってくれるのではないか!そんな期待感が人の心の中に生まれてきている。最年少の知事の誕生を喜ぶと同時に、橋下氏がどれだけ行動に移し、まとめる事が出来るかに懸かっていると思う。
宮崎の東知事が応援演説で言っていたように、「私か橋下氏しかいない」と自信満々に言っていたのが印象に残った。
相撲も千秋楽を終え相星決戦で「白鵬横綱」が優勝した。両横綱の見事な集中力と、力強さが光った一番であった。見ている者も同じような気持ちになり、
力が入った。久し振りの好取組に興奮せざるを得なかった。
この様な好取組によって、相撲人気が高まることを期待している。

2008年1月26日 (土)

葬儀に参列

寒い日が続いている。朝から雪が舞い、この寒さを一段と演出しているかのように思える。
この寒空の中で、ご近所の材木屋さんのお父さんの告別式が行われた。花園の昔からの在所の方なので、町内・仕事関係・組合・連合会と大勢の方がご焼香に訪れ、長蛇の列ができた。製材所を生業としておられるので、道路に焼香客が溢れることは無かった。
ラストセレモニーにふさわしくその人の人徳が出ている葬儀であった。
 最近のお葬式はシティホールとか会館でで行われるのが通例と成っているが、地元の大地主だけのことはある。
私も同じ町内であると同時に、町内の行事に場所を提供していただき、去年は町会長をして大いに助けられたご恩もあるので生前のお父さんを偲び焼香させていただきました。
寒さでお亡くなりになる人、病気で亡くなる人そういった方達の葬儀に参列することが多いが、沢山の人に見送られて、
霊山へと旅立ちできるのが一番だと感じる。

2008年1月25日 (金)

奇遇

京都ホテルオオクラの4階に上がり、社団法人京都設備協会創立20周年記念パーティに参加した。
近畿各府県より、お祝いのメッセージを携えて、沢山の御来賓をお迎えしての祝賀会。
去年より会員になり、初めての式典を向かえ、ひき続いての新春賀詞交換会にも参加。最近の経済状態を踏まえて、同時開催と成ったらしい。
宴会場のテーブルにつく。電気関係の人はわかるが、殆ど知らない人ばかり。
同席した人たちとの名刺交換。
隣どうしになった若いメンバーと妙に話が合い、二次会へ行くことに成った。
人間不信だらけの世の中。こんな奇遇もあるもの。
何の飾りも無い自然の会話が続き、二次会も盛り上がり、わたしが小林旭の歌を歌えば、彼は松山千春を歌う。
知らないもの同士が、今日一日を有意義に過ごせたことを喜び、明日があるからと分かれた。

2008年1月24日 (木)

花月劇場で観劇

昨日の23日。以前から頼まれていた工場の動力工事を朝からかかり、昼までに終了し、大阪の難波へ行くことになっていた。朝から材料や、工具の段取りをし、準備万端整ったのを確認。現場に着くや以外や以外。
肝心の腰道具を積み替えるのを忘れてしまい、大騒動。
其の前の日に、別の車で現場に出ていたことを忘れてしまい、何とも情けの無い不始末。
自分に腹を立て、イライラ。其の日は、一人ではなかったのが幸いした。変りにとりに言ってもらい内容を知っている私は準備に徹する。
そうこうしている間に時間は過ぎていく。し、電話は掛かってくる。情けない気持ちでいっぱい。
でも、仕事の段取りはばっちり。腰道具をはめれば、水を得た魚のように手際よく仕事もはかどり、昼までに完了。
家の奥さんと、JRに乗り、初めて難波の「新花月劇場」へ
行く。材料屋さんの招待での参加である。仕事に追われ、縁の無かった芝居見物。T�でお馴染みの吉本新喜劇を生で見る事ができた。劇場で見ると人の動きそのものが、飛び込んできて、迫力があり、楽しみが倍増する。
女房と連れ立っての観劇。何もしてあげられなかった今まで、それが実現し、材料商の「たけでん」に感謝。

2008年1月22日 (火)

無理難題

世の中には色んな人がいる。
電気工事ホームセンターの窓口になっている私の会社。
突然、緊急を要する電話や、無理難題を持ち込む電話も在る。受付も対応が大変である。
「電気が入っていない」「今日中に電気を入れて貰える様にしてくれ」順序だてて説明しても理解してくれない。
たまたま居合わせたので、電話を代わり、説明をしても埒が明かない。現場を見ないと何とも言えないからと出かけることにした。
「すぐに来てや」そう言った本人がいない。
腹が立つ!携帯に電話!人をよこすから待ってくれと言う。
現場を見せてもらうと大変な状況。是では電気を入れるどころか、一からやり直しをしないといけない。
無理!。客に説明。「なんとかしてくれ!」対応はしましょう。そういって帰ると、程なくして依頼の電話があった。
今日すぐに遣ってくれ。無理を言う人だなあそう思いながらも何とかしようと約束し、仕事をすることにした。

2008年1月21日 (月)

休息の日曜日

薄暗い朝。今にも雪が降りそうな天気。
気象庁の話では、近畿地方にも雪‥‥。まだ雪は降っていない。寒さだけが身に沁みる。
朝10時から、町内の防災座談会。消火器の使い方、油火災の注意点など話す消防分団の人。
20人程が集まり、寒空のもと聞いている。僅か30分ほどで終了。役目とはいえ御苦労なことである。
長男の孫も泊まりで遊びに来ていたので、のんびりすることにした。
久し振りに、プラスチックで出来た組み合わせのパズルに孫を交え挑戦。
中々うまく組み合わされず、四苦八苦。何とか時間を掛けてやっとの思いで完成。そこには童心に変える自分がいた。
のんびりしたついでに、西京に在る竹の郷温泉へ行くことにした。温泉の湯の中に、大小のバラの花がきれい浮かんでいる。季節の花や、薬用の草花を入れる浴場の一つである。
目の保養にもなり、匂いは消えていたが、優雅な気持ちではいる。たまに入る温泉には、気を落ち着かせ、身体もほぐされる‥‥。家族風呂は無いけど、思い思いに家族が出かけのんびりした後食事をする。この様な過ごし方もいいものだ。

2008年1月18日 (金)

暇な時こそ

急に冷え込みがきつくなって来た。
1月は去年のようにバタバタしなくて、なんとなく落ち着いた状況である。
相変わらず、建築許可が下りないからだろうか?。
何時も仕事に追われ、あたふたと出かけるような環境にない。こういう状況にある時、何をしようかと考える。
今まで整理もせず、山積になっている書類の整理をしながら、ゆっくりと考える時間が出来たと考えるのが妥当と自分に言い聞かせている。
仕事人間は、損な性分である。出掛ける現場がないと、どうしようと考える。
でも、やることは沢山在るのに遠ざかっていた感もあり反省している。
置かれている状況を把握することも大事な仕事の一つ。
明日の自分を模索し、打開策を講じるようにしようと思っている。

2008年1月16日 (水)

仲間の和

京都府電気工事工業組合・上支部の賀詞交換会に出席。
新しい新年の幕開けを飾るにふさわしい和やかな新年会となった。
新しいメンバーも参加してくれた。組合も段々と高齢化しているので、
若い人の参加が何よりも嬉しい。
終了後。今日参加してくれた右京地区のメンバーと二次会へ行くことにした。
いつもは祗園へ出かけるけど、新しいメンバーもいることなので、地元のスナックで盛り上がることにした。
話も弾み、カラオケにも夢中になって歌ってくれた。
沢山の人を参加させようとしたら、やはりコミュニケーションが必要。「こんなにいい仲間と知り合えることが出来た」
そのように思って貰える環境を作ることが大事だと思った。今年一年、沢山の行事が待っているので、これを縁として色んな行事にも参加して戴けることと思う。

2008年1月15日 (火)

成人の日に想う

私が成人式を迎えたのは、今から42年も前になる。
年月の速さを身にしみて感じる。
その当時は、連休とか関係なく「1月15日」が成人の日であった。最近は、国民の祭日がいつなのか判らない様な状態になってきた。
成人式の模様が、T�のニュースで報じられ、その歳その年の人間模様が映し出され、話題になっている。
今年は、事件になるようなニュースが無かったのでチョット安心している。
それ以上に、世の巷では、殺人や暴行事件が相次ぎ、人間性が失われて来ている現状を目のあたりにし、一抹の寂し差を禁じえない。
今の若者に接する時、「結構まじめで、聞く耳を持ってきているなあ。」と感じる。
少子化の時代、前向きに取り組む若者が増えてきたのを歓迎する。

2008年1月12日 (土)

新年賀詞交換会

1月10日。空き透る様な青空が拡がり、気持ちのいい朝を迎える。大阪の四ツ谷橋へ初めての集金に出かける。
JR花園駅のホームで電車を待っていると二本の飛行機雲に出くわした。何にも無い青空に二筋の弧を描くようにくっきりと新たな私の出発を祝うように飛行機が飛んでいる。
その雄大な景色が今年の始まりであった。
その日から社会の儀式である新年会の始まりとなった。
10日・11日・12日、3日続けての新年会。
11日は組合本部の賀詞交換会。
年頭に当たり、沢山の来賓を迎えての今後を占う新年会であった。
12日は、電材店の賀詞交換会。日本で3位に連ねるだけの実績を誇る会社。素晴しい講演があり感動の新年会となった。
安藤忠雄氏という日本を代表する建築家を迎えての講演。
夢を持つこと、青春とは?、と果てしない希望に燃える趣旨に、驚きと明日への希望を見つけることが出来た。嬉しくなり、身を乗り出して聞き入った。海の森の発想といい、この人なら出来るという現実の世界が展開できた。流石にサントリー美術館を設計しただけの器の持ち主であると感心した。
人は人を呼ぶというのを実感できた。
もしも支える人がいなかったなら、只の無学の建築屋に終わっていただろうこの先生。佐治氏との出逢い、石原東京都知事との出逢いといい国交省のやり取りなど素晴しいロマンを作って行く先生の前向きな姿勢にリーダーとしてのひたむきな実行力に胸が躍る。やはり、出逢いこそ大切と痛切に感じた。その人の実体験を聞いて、始めてその人の想いに入ることが出来ると感じた。学歴の無い人が東京大学の教授を勤め、沢山の受賞をし、現在の生活の半分を、ボランティアに注ぐこの精神が明日の日本を支える力になるんだと痛感した。
この日の福引に初めて、当選し、今年もこの先生の心を大事にし、新たな決意の元、頑張りたいと必死でブログを書いています。

2008年1月 8日 (火)

鷺飛来

近所の女の子が、私の家の屋上を指差して「大きな鳥が止まっているよ」と教えてくれた。
本当に大きな鳥である。
自動車を洗車していた裏のおとうさんが、「あれは鷺やで!」「そうですか!すごいなあ」そういいながら眺めていた。身近で観るのは初めての私。

私の家に鷺が舞い降りるなんて、何かいいことでもあるんだろうか?。そう思うと嬉しくなってきた。
2〜3分程して、東のほうへ大きな羽を広げて飛んでいってしまったが、正月から縁起のいい話である。
昼の食事を食べながら、妻に鷺の話をしたら「エーっ本当」驚いた様子でとても喜んでくれた。

2008年1月 7日 (月)

挨拶回り

肌寒い7日の朝。
会社の仕事始めが、今日からの所が多い。年始の支度をし、早い時間より専務と会社を出る。
小雨のぱらつくうっとうし天気。
去年より掛け出した眼鏡に、雨粒が付いて見にくい。
お得意先の会社を訪問するも出払って、肝心の方は留守。
今年は、子年というのに年始から株の暴落。
そんな事も手伝ってかどうか判らないが、今年こそ、何とかしようと皆さん、挨拶回りに出かけたのだろうと察する。
思いは同じ。
昼過ぎに挨拶回りを終え、会社へ帰ることが出来た。
昨年までは、休みの所もあって、渋々帰ったことを思えば
全部回れたのには救われた。
帰ると、訃報の知らせ。今年は無いと思っていたのに、残念である。
明日、告別式に参列する予定。まだ若いのに惜しい人が又私の元から去ってゆく。寂しい限りである。

2008年1月 5日 (土)

仕事始め

快晴の元旦を迎える。
昨年の大晦日、午後9時まで、洗面室の壁の張替えに追われた。
リビングのクロスの張替えは終わったものの、洗面室だけが、そのままになっていて気になっていた。
思いついたら止まらない性格の私。
何とか成らないものかと、思案していた矢先、材料を入手。
中途半端ではあるが何とか年内に完了。
肝心の年賀状を掛けないまま、正月を迎えてしまった。
そのことが一番気が気がかりであったが、年始に思いをこめて新たな気持ちで書くことにした。
天候に恵まれ、いつものように朝早く目が覚め、晴れ晴れとした気持ちで、新年の新しい出発が出来たと喜んでいる。
今日は、仕事始め。
現場も始まり、社員も笑顔で事務所に集ってくれた。
締めないネクタイを締め、気を引き締めて、新年の挨拶をし、昆布茶で乾杯をし、新年の出発をした。
今年の景気は何ともいえない状態であるが、精一杯皆で力を合わせ、よい歳にしたい!。

2007年12月29日 (土)

仕事納め

仕事納めの29日。
事務所の大掃除。今年1年、走りに走った車の清掃。
朝から、残った仕事をかたずけに現場へ走る若い子。
約束したエアコンの取り付けに走る2人。
何とか昼までに終わらせ、自分の机の整理や、荷物の整理をしようと皆がみんな動きに動き、今日という日を、そして時間を有効に使おうとしている姿が嬉しかった。
3時過ぎに終了し、全員揃った所で、今年最後の給料を支払い、最後の言葉を述べ今年が終わった。
6時より、何時も仕事に行っている料亭で、今年お世話になった方々を交え、忘年会をして今年の納めとなる。
大変な1年であったが、充実した1年であったと満足している。
来年はどのような展開になるか判らないが、前向きに頑張るしかないと思っている。

2007年12月28日 (金)

涙もろくなった私

最近、テレビを観ては感動し、涙腺が緩んだのだろうか。
顔が涙でクチャクチャになるくらい、ボロボロと涙が出て止まらない。
歳のせいだろうか? 劇中の人物になりきっているのだろうか? 嫌そうではないと思う。
最近の世相が、悪いニュースばかりで、あまりにもひどすぎて感動する様なことが無く成ってきたからかもしれない。
純な気持ちが私の心を捉えているからかもしれない。
そう思うと、やはり歳のせいかも?。
あまり余計なことは考えず、涙が出るということは、人間らしくて善いのだと自分に言い聞かせる。

2007年12月26日 (水)

和の取り方

年の瀬も押し詰まってきた。
仕事を如何にこなし、仕事納めの29日に総てを終えることが出来るか?全員が模索し、色々とやってくれている。
嬉しいことである。
仕事を終え、暇を見つけては、作業場の整理をしよう。
最後の1日だけでもでも、余裕のある1日としたいと頑張る社員の気持ちが嬉しい。
社員との会話を通し開かれた環境に成ったことが何ともいえない明るい雰囲気をかもし出している。
人というのは話し合い、切磋琢磨してこそ人間としての価値も見出せるのでは無いだろうか。
当たり前のことを当たり前にできないのが今の世の中。
一人ひとりの人格を大事にし、仕事を教える時は鬼のように怒り、仕事以外は和やかにすごしたい。
こんな想いが、やっと通じた様に最近思えるようになった。
私共の社員は若い。それゆえに伸びる可能性が高い。
経営者にとってこんな嬉しいことはない。

2007年12月25日 (火)

笑顔

笑顔は美しい。
笑顔ほど素晴しいものはない。
笑顔を見ると嬉しくなる。
娘が、23日と24日の2日間、孫を連れて帰ってきた。
私の顔を見ると、「ニコッ」と何ともいえない愛くるしい顔で、笑顔を作り、抱っこしてくれとせがむ。
疲れた体の私もついその笑顔にほだされて、思わずだっこして部屋の中をぐるぐる。
作らない、無邪気な笑顔に疲れも吹っ飛ぶ。
気を使い、作り笑顔で、相手をし、仕事をいただく。
そんな毎日の生活。開放されたような気持ちになり、顔もほころぶ。
年に何回かしか、会うこともないけれど、何の屈託も無い笑顔は、私にとって何よりの疲労回復剤である。

2007年12月22日 (土)

折角の苦労も水の泡

忙しい年の瀬。メールによる仕事の依頼があった。
頼まれるとイヤといえない性分。
時間を決め、現地へ向かった。小雨の降る嫌な天気である。
京都の聖護院の武道館前のマンション。
下見をし、仕事に掛かった。昔の配線のやり方のため、うまく配線ができない。照明器具を外し、隠蔽で出来ないものかと努力したが、無理と判断。
「モールによる配線しか出来ませんね‥。」「そうですかそれならもうよろしいわ!」外した器具を復旧。帰り際に、「お金にならず申し訳ないですね。」費やした時間は2時間。ワザワザ出かけて行って、これはないだろう。
普通なら交通費ぐらい取って置いてくださいというのが常識なのに、そう言われると帰るしかない。
報酬もなしで渋々帰ることにした。
これからは、時間が掛かったら、報酬を頂くように前もって了解を得て仕事に取り掛かるようにしよう。
反省‥。大事な用が合ったから、ついそんな風に考えてしまった。

2007年12月19日 (水)

クロスの張替え

10年ぶりに、LDKのクロスを張り替えることにした。
壁に吊ってある額を外すと、そこだけが白い。
廻りは、タバコの脂で汚れクロスもパリパリ。
知り合いのクロス屋に頼み、張ってもらった。
照明器具、インターホン・電話器具の取り外し、不必要なダウンライトの穴埋め。配線のやり直し、休みを返上し、我が家の為、張り切って仕事をする。頼んだ以上は、手待遅をさせないようにと気を使う。
1日半掛かって新しい壁紙に変わった。部屋の中が明るく変貌した。新しい壁紙‥‥。汚してはいけない。タバコを吸う場所が無くなる。気楽にどこでも吸っていたタバコ。
灰皿は在るのに部屋の中で吸うわけに行かなくなった。
レンジフードの前に立って吸ってもおいしくない。
ベランダに出て吸ってみる。寒い!
家族の皆からは、タバコを止めたらいいのにとぼやかれ、おまけにインターネットからタバコの害について取り出し、これ見よがしに見せつける。長年吸ってきたタバコを止める気になれず、小さくなっている自分が惨めに成ってくる。

2007年12月 4日 (火)

慌ただしい毎日

12月に入ると、慌ただしい毎日が続く。
2日の日曜日。京電工組本部の毎年恒例の、親睦旅行会が昨年同様に、琵琶湖湖畔の緑水亭で開催されることになっていた。現地集合・現地解散の懇親会に、右京地区からも参加することになり、昼から私の車で旅行気分を味合うと段取りしていた矢先、朝から訃報が入ってきた。親しい御近所の方なので、お葬式の打ち合わせと、準備に走り回ることになった。急の出来事なので、断りを入れようと考えてしまったが、幸いなことに[友引]ということで3日に通夜式を行うことになり、ほっとした。地区の責任者として行事に参加することが大事と思って行動しているから、ドタキャンはまぬがれた。ホテルに1泊し、朝帰り。帰ろうと駐車場へ行くと、車のタイヤがパンク。「ついてない」とぼやきながら、帰途に着く。昼から仕事に行き、通夜に出席。
副導師を頼まれていたので、その責任を果たすことが出来、約束もたがえることなく、4日の告別式も、責務を果たすことが出来た。年末、忘年会も始まることなので、我が身を守る対策を考えなくては成らない‥‥。

2007年12月 2日 (日)

望年例会に参加

12月1日(土) 午後6時30分開会の京都中小企業同友会・右京支部の望年例会へゲストとして参加。
長いお付き合いの得意先の紹介で推薦され、ウエスティン都ホテルの愛宕の間の席に座った。始めてみるメンバーにとまどいながらも時間とともに打ち解け、お隣に同席されたメンバーの人と話が盛り上がり、祇園町へ‥。
この会は中小企業の経営者の集いで、月に何回か勉強会を開催し、経営のことを学んだり、お互いの会社の発展や情報交換をしているらしい。電気工事業界の顔とはまた違った雰囲気があり、色んな業種の方々なので学ぶ所が沢山ありそう。
何時も出合いを大切にし、成長してきた私なのでいい機会にめぐり合えたと喜んでいる。
人と接し、語り合える喜びと新たな発見を見つけるためにお付き合いをさせて頂こうと考えている。

2007年12月 1日 (土)

ワンマンよさらば

最近のテレビのニュースを観ていると、嬉しくなるような話題が無い。官公庁から各種企業まで総てにおいて、内部告発による摘発が相次ぎ、食の安全もしかりである。
自分等さえよければ、人のことなど関係ない!
こんなことでいいのだろうかと憂えて成らない。
我侭と言うのか、呆れて物が言えない。今の企業のトップは人の意見も聞かずワンマンなのかも知れない。
だからこそ、人にもいえず、悶々として、メディアに内部告発をするのではないだろうか。と、考えられてならない。人の上に立つ人間は部下の意見を聞く耳と度量が欲しいものだ。

2007年11月28日 (水)

鼻血が止まらない!

冬も近づき、朝夕の冷え込みも肌寒さを感じ、コタツに入る毎日。横になりウトウトして起き上がると、鼻から真っ赤な血がポタポタと落ちてきた。
意識が無くて出てくる出血。どうしていいのかわからずティッシュを鼻にあて止まるのを待つ。やっと止まったものの、次の日は、現場に出ているときに突然鼻血。
知り合いの内科医へ飛び込み事なきを得たが、次の日の朝方の5時半ごろ又出血。血が止まらないので、慌てる女房。市民病院に電話をし、今詳しい宿直の先生がいないので、府立病院を紹介してもらい、電話‥‥。応急処置を教えていただき、出血をとめることが出来た。テンテコマイの朝だった。
朝8時過ぎに、耳鼻科医院で治療をして貰い、切れた血管を電気で焼く処置を施してもらって、血が止まり一安心し、無理をしない程度に仕事にも出かけた。娘がインターネットで調べてくれたデータによると、[大人の鼻血」というのは結構あるらしい。処置の仕方、何故おきるのか明解に書いてあった。自分の身体は自分で管理しなくてはいけないとつくずく感じた。

2007年11月26日 (月)

冬に向かって‥‥

秋の終わりが近づいている。京都の幹線道路の銀杏並木の枝払いも終わり、川端通りの銀杏並木だけは、美しい黄色が映える。桜並木も、赤膚の葉っぱが覆い尽くし、風が吹くたびに、ハラハラと歩道に落ちて寒々とした感がある。
紅葉の葉は、いい色に赤さをまし、遅かりし秋の風情をかもし出す。
西大路五条を西へ行くと「ローム]という会社がある。
IT関連の会社で,成長めざましい会社で社屋の新築・増設が進み、公園も整備されている。その公園に面した街路樹に毎年恒例の、イルミネーションが、11月22日から点灯され、見物客でにぎわっている。
近所に住みながら、1度も行った事もなかったが、近所へ行った帰り道、市民新聞にも載るくらいだからと、興味もあったので、初めて覗いてみる事にした。
「報道されるだけのことはあるなあ。」街路樹から放たれる光の美しいこと。思わず感嘆の声をだしたくなるほどである。その光の数60万個というから半端ではない。
車も混雑するし、人も仰山。ゆっくり見物することは出来なかったが、いい話のねたが出来たと喜んでいる。

2007年11月20日 (火)

32年ぶりの再会

11月の17・18日の2日間、和倉温泉への得意先の旅行に参加。地震の後の旅行であったが、街も復興し、活気がみなぎっていた。チョット肌寒い旅であったが、温泉に入り疲れを癒すことが出来た。明けて、19日。松下電工主催による有力工事店様の会が、大阪の帝国ホテルで開催され、出席。京都からの入賞は25店舗あり、出席会社17社。
毎年参加出来るような会社に成長し、発展していると実感をする。社員と一丸となって成し遂げられた賜物であるとと感謝する。
提案型の戦略がなされ、いよいよ懇親会に移っていく。
用意されたテーブルに着く。お決まりのように、名刺交換。
頂いた名詞に驚く!。懐かしい名前が私の頭を駆け巡る。
その方と再会するのは、32年振り。まさか!会えるとも思っていなかった人に合えるとは驚きである。先方も、何処かであった事がある。そのように思っていても、何時声をかけようかと‥‥余りにも時が経ち、流されていた。
巡り合えた奇遇さにお互いの思いが口火を切ったように言葉が飛び出し、懐かしさに、話の途切れることも無く、バスで京都へ着くと祇園町へと足が向き楽しい酒を飲み交わした。

2007年11月16日 (金)

配線コンクール

配線コンクール京都大会が、16日の今日開催された。
私の地区からもこの競技会に参加。今一番期待している方である。新しく去年会員になられ、各種行事にも参加され、新鮮な感じで私は受け止めている。組合の組織の会員の皆さんは、
一般社会と同様に高齢化が進み、廃業に追い込まれるケースが見られるようになっている中で、新しい人材が出てきてくれたことは非常に喜ばしいことである。
KEC学園に用があったので、会場は、組合本部の3階なので競技会の会場を覗いてみると、選手の一員として座っている姿を見つけ[頑張って]と声をかけ、その場を立ち去った。仕事を終え、会社に帰って結果が知りたくなり、連絡を取る。
携帯から、明るい彼の声が聞こえてきた。
結果は、6位に終わったらしい。初めてにしては、上出来だと思う。京都で6位。きっと自信が付いたことだと喜んでいる。これからの彼を見守りたい。

2007年11月15日 (木)

人間万歳!

久し振りに酒を飲み、酌み交わすコップ。蟹シャブを食べながら、話が弾む。久し振りに会う気さくな仲間。
開口一番。ブログ止まってるなあ!なにしてんねん!読みたい人がいんねんでん!忙しく心の余裕が無い毎日。そんな中で聞く会話の嬉しさ、人と人との繋がりに境界は無いのだ。
「人という動物といっていい」のかどうか解らないけれど、会話というのは人間と人間をつなぐ貴重な橋渡しをし、新しい発見を見出すものである。そのことを思うとき、何ともいえない感動を覚える。アホなことを言い、冗談が通じそんな会話の中に真実の光が見てくる。嬉しいな!人と人とのふれあい。このふれあいに乾杯せずにいられようか!
有難いものである。こんなにも世の中がちぐはぐの時代に、
人の機嫌を取り、こんな話をしたら喜んでくれるとか、このようにはなしをしたら相手の立場を尊重してあげられるんじゃないか?しょうも無いしがらみで、考えに考えて、話をしても何の喜びも無い。他人と人との関りはそんな単純なものではないと思う。癒す時は何にも考えず、[無]になって、自然体がいいと思う。やっと仕事に開放され、独り言を書いている自分がいる。長いことブログを書かず、やっと書けた喜びに浸っている。

2007年10月15日 (月)

結婚式

 お世話になっている税理士の先生が、晴れて結婚をすることになり、招待者の一人に加えてもらい、結婚式に参加することが出来た。若い先生で、何時も愛称で呼んでいる。
御目出度い事なので、名前を公表しよう。[小山暢之]という新進気鋭の若手ナンバーワンの税理士さんである。
チョット間の抜けた感じに見えるが、中々の好青年である。
うちの会社の顧問となってからは、社員旅行や、忘・新年会にも気楽に参加してくれる。そんな彼の結婚式。
喜んで参加した。が、周りの招待客は、仕事関係の税理士の先生ばかり‥、場違いの様な気がした。お祝いの席に招かれたのに、嫌な顔など出来るわけも行かない。私も年の功、隣の客人と名刺交換をし、話に花が咲いた。
沢山の友達に囲まれ、顔がほころぶ彼。
多くの友人の真心からの行為がこの結婚式を、一段と盛り上げていた。二人のラブストーリーを見事なまでにビデオ化し、見せ付ける。友ってありがたいものである。
喜びを2倍・3倍に増幅し、会場全体が、華やかになった。
久し振りに、手作りの結婚式に参加することが出来、満足感
一杯で家路に着く事が出来た。本当におめでとう!



2007年10月 1日 (月)

ドラリオンを観に行く

朝8時過ぎに家を出る。貴重な日曜日だけど朝早くから、出掛ける準備をし、大阪南港で今人気を博している、サーカスの一座[ドラリオン]を夫婦そろって観に行く。
馴れない電車の移動。まして大阪‥。乗り継ぎの場所がわからず右往左往する。京都と違い、交通網の多いこと。
何とか時間ギリギリで、待ち合わせ場所であるホテルに到着した。
今回、貴重な入場券が入手出来たのは、メーカーと材料商が企画したイベントに図らずも当社が、買い求めたエアコンの商品が、該当していたかららしい。
100社の代表が集い、早めの食事を取り、会場へ向かった。幼い時に2〜3回見物にいった記憶があり、最近ではワザワザ出向くこともないし、興味も薄れていた。
この様な催しがあるのも知らないでいた。それだけに子供に帰ったような気持ちで鑑賞することが出来た。
芸術性を秘めた素晴しい演技の数々。名前の由来通り東洋と西洋のよさを併せ持つ感動の一瞬であった。この場に参加できたことに、企画していただいた皆様に感謝!いい思い出が出来ました。

2007年9月 5日 (水)

疲れ

一つの行事が終わり、ホットすると急に疲れが出てくる。
やはり夏の暑い中を休みも取らず仕事をしたせいなのか、『疲れ風邪』?。扁桃腺がはれ、つばを飲み込むと痛い。
辛抱していたが、耐えられなくなり、昨日の4日。仕事で行くことになっていた診療所で診察を受けてもらった。一石二鳥を狙って仕事と診療‥そんな野暮なことしか考えが付かない、自分の立場。情けない!。
一つしかない身体なのに‥そう言い聞かせても、うまくいかない。体の一部がおかしいと体全体がおかしくなり、疲労感を感じる。今までそんなこと感じなかったけれど、歳のせい
で疲労が抜けない体質になったのかもしれない。
元気!元気。と、空元気では追いていかない現状が悲しい。
1日も早く、元気になって、こんな弱気を言わないように、体調を整えたい。明日は少し、元気になっているかな?

2007年9月 3日 (月)

親睦ソフトボール大会

 日曜日の朝5時から雨が降り出した。
右京区京北町森林公園で、親睦ソフトボール大会が開催されるというのに、雨が降ってきた。一向に止みそうにない。
中止なのか気が気でない。案の定7時になると、電話が掛かってきた。『どうなんや!』こちらが聞きたいくらいである。担当の委員から連絡もないし、連絡も付かない。
気になって、デジタル放送のデータ放送に切り替える。
9時から曇り、12時から晴れ。「これならいける。」
地区の参加者に連絡を取る。花園駅での集合になっているので、3日前から冷凍庫で、ペットボトルで作っておいた氷を、家の会社に車を止めて参加するメンバーに手伝ってもらい運ぶ。JRバスに乗り現地へ。開催地は雨の降った様子がない。地域によって、天気の加減も違う。会場には、すでに練習する姿も見える。空は曇り、絶好のスポーツ日和。
試合開始直前。ハプニング‥‥。「肩が外れた」と叫ぶ選手がいる、騒然となり、救急車迄呼ぶ始末。急にボールを思いっきり投げた為らしい。
その後は、何も無かった様に、大会が開催された。
若い人・還暦を過ぎた人。入り混じっての和やかな、笑い転げる珍プレイあり、何でもありの大会。
決勝戦も済んで、お待ちかねの焼肉パーティーが始まり、森林には焼肉の煙があがり、ビールを飲みあい、焼肉に舌鼓し、親睦を大いに深め意義のある大会となった。
不幸なことに救急車で運ばれた選手は、脱臼骨折との事。
折角の日曜日・楽しむはずのソフトボール。彼には気の毒でならない。私もプレイはしなかったが、充分に楽しむことが出来た。歳が行くと、無理をしないように嫁に言われ、只今実践中‥‥。

2007年9月 1日 (土)

秋の始まり

9月1日。涼しさが感じられる朝の爽やかさ。
昨日のTVのニュースで「海の家」の解体が報じられ、8月も終わりだなあ感じた。次の日の今日、暦の上では既に秋なのだが、途端に秋の気配が感じられ、季節の移り変わりの速さに驚く。
今日から疲労を癒しながら、9月の行事予定を卒なくこなして行こう‥‥。

2007年8月31日 (金)

8月を振り返る

 暑くて、汗が吹き出て、替りのシャツを何回も着替えして仕事に打ち込んだ毎日。その8月も今日で終わろうとしている。
8月‥何と忙しい毎日であったことか。
電気工事工業組合の、一人暮らし老人宅の配線診断に始まり、町内の大きなイベントの一つ、地蔵盆の大行灯つり・本番の催しで使う、ホットプレート・かき氷・冷凍庫・扇風機
等々の電気工事、終わった後の撤去作業。
久し振りに復活することにした、16日の我が家の屋上での大文字送り火・鑑賞会の準備。
 自動車の免許切り替え。癌でお亡くなりになった、友人の初盆のお参り。数え上げればきりが無い。
仕事も追われ、お盆休みも返上して取り掛かる。おまけに、摂氏36度を超える猛暑。抱えている仕事と、役員としての責任による負担。何とかこなすことが出来たものの、一段落した時には、ホットして疲れがどっと出てきて、肩や足の関節が痛くなり、整体医院に通ったり、竹の郷温泉で保養をしなければならない程でした。その8月も今日で終わり‥‥。
社員に給料を渡し、一息ついて、やっとブログを書いている。

2007年8月 4日 (土)

不安が一杯

今、我社は夏本番のエアコン取り付けや、ゼネコンの建築の電気工事にと、毎日が仕事に追われるという大変忙しい日々を送っています。
嬉しいことです。でも、自分の机に腰を下ろし、自分を見つめながら、世の中の流れをゆっくりと見つめ、ブログを書く余裕が欲しいなあと、感じるときもあります。
 「世の中がおかしい」と書いたように、気象状況が世界各地で大変な様相を呈している。気象状況だけにとどまらず、人の考え方もおかしい。
愛知県・碧南市に入院をしている、弟の見舞いに出かけた日曜日に「新潟県中越沖地震」が起きた。
車の道中でテレビを見ているときは、たいした状況では無かったのに、次々と被害が拡大し、ニュースをみて驚くばかり。柏崎を中心とする被災を被られた皆様に忠心よりお見舞いを申し上げます。
大雨の後の、被害に見舞われた、九州・四国。その後の惨事だけに心が痛む。
そして、選挙。‥‥自民党が惨敗に終わる。後をけしかけるように、台風。目まぐるしく、天変地異に襲われる被災王国日本列島。この日本が、どういう方向に進むのか甚だ心配であり、不安です。

2007年7月 6日 (金)

世の中の不思議

世の中には不思議なことがある。
昨年、世話になった設計事務所のオーナーが、昨日喉頭癌でお亡くなりになった。
そんな事に成っていようとは知る由も無かった。
先週の金曜日に病院より突然、電話が在り「テレビのアンテナの工事をして欲しい」と、頼まれ今日の午後から工事を予定していた矢先の出来事である。
お客様より今日の工事を延期して欲しいとの連絡を受けた。
つい先程、建築屋さんとその人の話をしていた矢先のことなので「来るべき時が来たんだ。」すぐさま先ほどの建築関係の方に連絡をとった。もしも私に工事の依頼がなかったら、関係者の方や友人にも知らされず闇の中に消えてしまったに違いない。どこに縁があるのか、世の中本当に解らないものである。昔は、大手ゼネコンに働いておられたが、会社を辞めて独立。もう関係がないし、奥さんのほうも役所を辞めているので家族葬でひっそりと葬送の儀を行うつもりだったらしい。何処でどう繋がるかは解らないが私の知らせで、ラスト・セレモニーに友人も参加されると聞いて「ホッ」としている。知人のご冥福を心よりお祈りしたい。

2007年7月 4日 (水)

今、日本がおかしい

嫌な雨である。梅雨が明けたと思いきや梅雨前線が日本を横断して雨を撒き散らしている。
3月の時もそうだった。暑くて、暖かくて桜の開花宣言も今年の開花は早いでしょう、と言った矢先に冬に逆戻り。
今年は本当に異常気象に見舞われ、被害を各地にもたらしているのが現状である。水不足で悩むか、雨の為被害をこうむるか、なぜかしら二者択一を強いられているみたいな気がしてならない。今日も鹿児島で土砂災害が出ているという。
気象もそうだけど、人の発言も何かしらおかしい。
たった一言のために、大臣を辞めなければ成らない。周りのこと、大衆の心の存在感を考えると、当然のことである。
人間として、ましてや公人として物事を慎重に考え、人の心を踏みにじむような言動は慎むべきである。
言葉‥‥。大事にしたいものである。口から放たれた、たった一言が人の人生を狂わしてしまうこともあれば、その一言で蘇る事もある。使い方、それが大事。

2007年6月28日 (木)

昼のひと時

久し振りに、木屋町仏光寺にある公園に立ち寄った。桜色に彩られた満開の桜も、今はない。
青々と茂る桜の葉。柳の細くしだれた枝の葉も薄黄緑から
青緑へと移り変わり、公園のほかの木々と同じように溶け込み夏を感じさせる。
 まあるく囲むように、タイルのベンチで作られた噴水のある池に腰を下ろし、お昼の弁当を頂く。
近所で働く人や、散歩の途中で、立ち寄る人。コンビニの袋を提げ、思い思いに自分の場所を確保し、食事を始める。
梅雨の季節の晴れ渡った昼のひと時。今日は、せいて仕事をすることも無いのでのんびりと食事を取る。
都会の喧騒から離れて、静かな公園の中で食事が出来る身軽さは、なんともいえない快さを感じる。


2007年6月25日 (月)

41年目の記憶

6月24日(日)。小雨降る日曜日の朝。
先日、碧南の姪から電話があり、父が入院したとの連絡を受け、碧南市民病院へ家族3人で出かけた。度重なる引越しがたたり、再度入院と成ったらしい。
黄疸が出て、むくみが激しく顔もむくみ、病気の深刻さを見せ付けられた。電話をしておいたので、姪も病室にやってきた。「兄貴だけには、世話にならない。」といっていた強気の弟はいない。「お大事に‥。何か在ったら電話してな」
そういい残し病院を離れた。この愛知を去って、41年が経つ。15の歳に集団就職で、刈谷市の塚本製作所へ入社。
5年間の勤務で退職をし、京都の地を踏み、根を下ろし、現在がある。わたしの出発の原点が最初の勤務先。そう想い、41年振りに訪ねる事にした。浦島太郎の物語ではないが、非常に懐かしい面影はあるものの、行き交う道が変わり、そこにあった池も無い。とまどうわたし。会社はあるものの休みの為面会も叶わず、お世話になった本宅も消えている。何度も何度も、捜し求めたが、解らずじまい。諦めて帰ることにした。
後を引く思いで去ったものの、帰宅したら、当時の思い出が次から次へと湧いて出てきた。お世話になった人びとの名前と顔。生活していた風景が‥‥。今再び41年前を再現するかのごとく、鮮明に映しだされて行く。人間の記憶の素晴しさに驚嘆した。原点の地を大事にし、人と人のかかわりを忘れず、明日の為に又、第1歩を踏み出してゆきたい。


2007年6月22日 (金)

輝く顔

やっと梅雨空に戻った。沖縄は梅雨が明けたそうである。
T�でみる風景には、紺白の空と海ヶ映し出されていた。
今年も異常気象で、沖縄も大変であったと聞いている。
人間の心といい、顔といい輝いている時ほど人に影響を及ぼすものである。なにが?輝いている。
「充実し、願いがかなったり、目的を持ち、前向きに対応している時。」と私は思う。
そういう人には勢いがある。何もかも引きずり込むようなパワーがみなぎっている。顔にも艶があり、眼も生き生きとしている。そしてその顔からは、笑顔がこぼれる。
人間の力の源は、やる気と何の為に行動するのか、根本が大事に成ってくると私は思う。
私も、自分なりに解るつもりでいるが、中々行動に移せないジレンマがある。きのうある会合に参加し、痛感して帰ってきた。

2007年6月20日 (水)

新体制で出発

梅雨に入ったというのに、雨の降る気配が無い。
毎日暑い日が続く。昨日、ルビノ京都堀川で新体制になった支部役員会が開催された。同じようなメンバー構成ではあるけど、少し雰囲気が違った。
新支部長のもと新しい出発をすることになったものの欠席が多く何か物足りないような気がした。
しかし、そんなことなど言ってられない。私も担当が、教育指導委員として行事をこなし、より一層の充実と組合員の皆様の役に立つように頑張らなくてはと心を引き締めている。
今年は、全日電工連の全国大会が神戸で開催されることになっているので、本部においても支部においても大変忙しくなると踏んでいる。私にとっては忙しいぐらいが、性に合っている。

2007年6月17日 (日)

心と心の会話

早いもので、ブログを書くようになって、今日で150回目になる。回を重ねるという作業を怠らず、何とか今日という日を迎えられたと喜んでいる。6月17日は、父の日ということで長兄はプレゼントを持ってきてくれた。次男は、上海から突然電話をしてくれて、父の日やからと声のプレゼント。嬉しいものである。
幾つになっても、真心からの贈り物が一番である。
きのうは、学院の代議員会が開催され議長をおおせつかる。
第1回目から議長にと懇願され、続いている。 1回だけは社内旅行とかち合い、抜けさせていただいた経過がある。
前理事長が改選で勇退されたから、来期からは議長の要請が無いかもしれない。今考えると、前理事長の下、大変な時に議長を請け、議事を進行させ、大成功裏に終えたことなどが思い出される。子供の贈り物といい、議長の職といっても、やはりココロとココロの会話がどれだけ出来るかが肝心であると私は思う。昨日で18年度の総会が総て終了したので、普通の生活に復帰だ!。

2007年6月16日 (土)

地区総会を開催

爽やかに晴れ渡る大空、まぶしいばかりの太陽。
朝の太陽が藤棚を通りぬけ事務所の中に降り注ぐ。
昨日、右京地区の総会が嵐山という天下の名勝の地で開催された。1から10迄一人で段取りをし、地区長としての責任を全うすべく、大成功を祈願しやっと辿り着く事が出来た。
お陰様で、何事も無く総会を終えることが出来た。
懇親会では、沢山の来賓をお迎えすることが出来、お祝いの言葉で花を添えて戴き、これからの右京地区に希望を見出すことが出来た。一つの事業が終わると又新たな仕事が待っている。着実に一歩一歩踏みしめながら、進んで行こうと思っている。携っていただいた役員の皆さんに感謝!

2007年6月15日 (金)

縁は異なもの‥

朝から雨が降り、勢いがそがれる。
昨日、北海道から帰ってきたばかりなのに‥‥。
そんなことよりまず旅行中に掛かってきた仕事の依頼を片ずけることが先決と、手配や段取りに取り掛かる。
今日は、初めて消防設備協会の総会に参加するようになっているので午後3時30分までに総てを片付けて参加しようとスケジュールを立てることにした。開催場所は「京都ホテルオオクラ」
総会はシャンシャンとうまく運び、最後に新入会の発表があり、私を含め4社の紹介がなされ、お開きと成った。その後、懇親会となった。
参加者のなかに懐かしい人を発見し、旧交を深めることが出来嬉しくなった。どこで縁があるのか判らないし、世の中面白いものだと、お互いに話が弾み酒を汲み交わし、再会を喜ぶ。今日は、総会に参加して素晴しい収穫があったと満足している。

2007年6月14日 (木)

北海道旅行記�

雄大な自然を満喫しながら、札幌に到着。
札幌市民や北海道の人たちの希望と成った、『日ハム』のホーム。札幌ドームを見学することになった。銀色に包まれたドーム。黒字経営で、公式戦サッカー場にも変身する世界でも珍しい競技場。ドームの中を通り、長いエレヴェーターを乗り継ぎ、大砲ににた展望台へ。さすがに観光のルートとなり、コンサドーレ札幌を擁する拠点となり、道民の希望となっただけの事はあるなあと窺がわされた。
札幌・すすき野での夜を楽しみ1日目を終えた。
朝早く目が覚めたので、散歩に出かけた。空気はカラッとし
て、爽やかな空気を吸いながら、地図も持たず、気の向くまま散歩する。道路はタバコの吸殻もなく、ごみ一つ落ちていない。道庁・時計台・テレビ塔をくまなく歩きに歩き、爽やかな汗をかきながら、札幌の街を少しだけ知ることが出来た。朝食のあと、観光組みとゴルフ組みにわかれ、観光組みの私は、旭川の旭山動物園へ。倒産寸前の動物園を、日本で2番めに押し上げ、世界からも観光に来るという。
楽しみであったが、1時間という短いスケジュウールと、坂道を上り下りし、修学旅行生や、車椅子に乗った団体とでくわしたりで、完全に満喫することなくポイント・ポイントだけを回り、苦労の成果を見るだけに終わった。2日目も30度近い好天気に恵まれた。私にとって、生まれて初めての北海道。又新しい思い出を作ることが出来た。主催者の皆様に感謝!

北海道旅行記�

北海道旅行から帰宅したのは、9時30分。疲れたのか、TVをみながら寝てしまっていた。朝目を覚ますと、雨が降っている。
昨日まで好い天気に見舞われ、最高の旅行日和であったのに、非常に残念でならない。
初めての北海道は、日本一熱い日となった。津別町では、33・2度の日本一を記録。6月の北海道は、しのぎやすい季節と聞かされていたが、その憶測は見事に打ち砕かれてしまった。バスのガイドもこれにはビックリ!「私たちにはこの暑さは耐えられません」そういいながらも、北の大地のガイドを飽きることなく上手にやってくれた。
千歳空港からバスに乗り、小樽へやってきた。昼食を取る為である。レストランと違い、おすし屋さん。取れたての魚や北海道ならではの旬の食材を刺身にして出してくれた。
口に入れるとおいしさが広がり、とろける感じ。
お腹いっぱいなのに、御寿司も抵抗無く平らげられ満足。地元ならではの歓迎と喜ぶ。観光することなく、宿泊先の札幌・JRタワー日航ホテルへと車は走る。車窓から北海道の雄大さを見学しながらの旅となる。

2007年6月11日 (月)

明日から北海道へ

明日12日より2日間・北海道へ招待旅行に出かける。
日本でも有数の電材商の招待である。 今迄に北海道へ行く機会が無く、何としても行きたいと思っていたので、渡りに船である。写真や、TVでロケーションを見ることはあっても現実に肌で感じ呼吸することが無かったので、今から楽しみである。
申し込みの時点では、行事の日程が重なること等無かったのに、何故か重複してしまった。
組合の行事で、理事会及び新旧の歓送迎会を行うという知らせが後日流れてきた。専務に代わって貰おうと相談したが、仕事が忙しいということで断られてしまった。
どちらも大事。悩んだ挙句、今更断れない「旅行」をとることにした。後を引くが仕方が無い。割り切ることも大事と楽天的に考えた。しかし、一人だけが続けて旅行を楽しむのに気が引けるが、(今まで苦労した分の報酬)と一人納得して明日出発する。

2007年6月 9日 (土)

孫に癒される

久し振りに長女が孫を連れてやって来た。
生後1年と2ヶ月経っているのに、伝い歩きはするがまだ歩かない。可愛い者で、私の顔を見て満面に笑顔を作り愛想を振りまく。泣きもせず、机の引き出しを開けたり、棚の上の本をひっくり返したりと、はいはいをしながら夢中に成って遊んでいる。つられて同じような動きをしながら、抱き上げたり、抱いておでこをゴッンコしたり頬ずりをしたりしながら、久し振りの再開に顔がほころぶ。
旅行の疲れも手伝ったのか、孫の守で気分が癒され、リラックス出来たのか判らないが、酒も飲まず、タバコも吸わず横になったとたん眠ってしまった。
何も考えず、リラックス出来たのも孫の笑顔のお陰と感謝している。有難いことに、今まで溜まっていた疲れが吹き飛んだように感じる。

2007年6月 8日 (金)

香港

夜食は四川料理のもてなしである。バスに乗り、50名の大所帯で出かけた。青島ビールで乾杯をし、次々に出る料理に 舌鼓みを打ち紹興酒を煽る。小気味好く酔いが回り、顔がほてってくる。その勢いでカジノへ出発。思い思いのカジノへと消えてゆく。場に慣れるために見学。ポケットの香港ドルを取り出し、メダルと交換。勝負である‥‥ 。
ブラックジャックに挑戦。トントンで終わる。
次の日、最近、観光名物と成ったという高さ223メーター『マカオタワー』。観光に乏しい中で目を見張る。近代的な橋の交差する所に堂々と林立するタワー。75ドル払って、展望台へ。身のすくむような高さ。暫く見学していると、主催者のオーナーとその社員が、空中遊泳に挑戦するという。
何と!勇気があるんだろう!今の私には考えられない。
若さと、根性。そして、前に向かっての挑戦。3人がそれぞれのコスチュームと、しっかりした安全帯を付け、空中へ‥‥。
61階の展望台からポーズを取り1階の降下地点へ。
大きな拍手と感動が沸く。「いい思い出を作った」と、驚きと興奮を隠せない挑戦者。直にその姿を見て、私も興奮し、拍手を送った。
昼食を取った後、又カジノへ。所がである。
空中へ舞った3人は、落ちることを知らない。そして、大勝。帰りの香港では、ブランド品を買って、家族のお土産に
するんだと張り切っていた。私もカジノでは負けたが、今回の旅行は、いい思い出を又一つ刻むことが出来、喜んでいま
す。本当にありがとう御座いました。

2007年6月 7日 (木)

香港・マカオ親睦旅行

関空の空は晴れ渡り、海外へ行くにはもってこいの旅行日和。しかし、香港・マカオ方面の天気予報では雨との事。
なんとなく不安であったが、関空を離れ、初めての香港に到着。心配を通りこして、汗ばむような好い天気に恵まれた。
1日目のコースが香港経由のマカオ行き。高速船に乗り込み、高層ビルの立ち並ぶマカオ着。特別行政区ということで、再度入国の手続きをしなければ成らず、順番待ちに疲れを感じる。それでも現地のガイドの巧みな話に興味が沸く。
マカオに来たんだ!体全体で実感する。観光地というより(カジノの街)。売上高・ラスベガスを抜いて世界一と聞かされビックリ。
京都の人口は200万人を超えているのに、総人口52万人で、一つの国。驚きと同時に感心させられる。カジノでの収入が多いので税金は取られないとの事。立ち並ぶ高層ビルのネオンとカンバンには、「‥娯楽場」と大書きし、目を見張る。
ガイドの説明に「眠らない街マカオ」と聞いてもピンと来なかったが、次の日の朝散歩に出かけて、納得。朝7時なのに
あらゆるカジノ場は、まだゲームを楽しんでいる観光客が大勢いた。2日間の滞在。どうなる事やら?!。

2007年5月19日 (土)

支部総代会

18日(金)。今日は支部総代会の日。朝から午前中にやれる仕事を考えてスケジュールを組む。
午後2時から役員会が開催され、支部総代会が円滑に終えるように検討に入る。シャン・シャン総会で終えることが出来たのも、この様な下準備と取り組みが成されていようとは総代の人たちには判らない。チョット寂しいといえばそうかもしれないが、役員にとっては最高の出来と、胸をなでおろす。終了後、分科会形式で地区総会が開催された。
私の地区は、毎年単独で行っている関係上、支部と足並みを揃えての開催となっていないので、2部の懇親会までじっと待っていなければ成らない。
懇親会では、総務担当が司会をやる様になっているので、私が司会をさせて頂いた。大いに盛り上がり、支部の皆が結構楽しみながら酒を酌み交わし、笑顔が弾けていた。司会者として、嬉しいものである。そのお陰で時間の経つのが早く感じられた。散会の後は祗園での2次会へと向かった。

2007年5月18日 (金)

気分転換

朝8時・雨。研修会参加の為、速めに会社を出ることにした。外は雨。嫌やなあ!そう思いつ出かけた。突然のドシャブリ。傘を差しても、役に立たない。靴の中まで雨が浸みてくる。雷の音が耳を襲う。やっとの思いでJRの駅に着くと、電車が遅れているとのこと。それでも時間に間に合うことが出来た。「今日は散々やなあ』とつぶやきながら参加する。
関電前からバスに乗り込み出発した。その時から雨もやみ、快晴に変わってゆく。今日は気分転換し、気を休める絶好の日。と、決めていたのが幸いしたのか爽やかな天気となった。大阪城公園の中の松下電工大阪ビジネスパークで『住まいの新電気設備のソリューション』を見学。
昼食は神戸の中華街。その後は、キリンビアパーク神戸での見学と、結構リラックスして望むことが出来た。今日は本当に気分転換でき、素晴しい1日となった。役員並びに関係者に感謝!

2007年5月17日 (木)

忙中閑あり

5月の連休も終わり、会社も商号変更をし、一つの区切りが出来た。しかし、商号変更に伴う事務手続きに追われ、毎日
毎日が現場の仕事をこなしながら、事務の仕事もしなくては成らないので大変忙しく感じられた。
それと同時に、年度初めということもあり、電気工事工業組合の右京地区長としての立場上、総会の準備をしなければならず、是も大変な作業である。議案書の立案・議事進行のマニュアル作りとゆっくりする暇が無い。何とか原稿を作り、親組合に届けて製本作りをお願いすることが出来た。
ヤレヤレである。
今日は中休みという訳ではないが、内研の研修会が大阪で行われるのでそれに参加し、バスの中でゆっくりしようと考えている。組織に入っていると、色んな行事があるので、それに参加することにより気を休めることが出来る。
やっと落ち着いたからこんな事が言えるが、その反対の時もある。人間良いように解釈するが一番。

2007年5月 1日 (火)

新しい気持ちで

5月1日。我社にとって今日は、記念の日になる。
有限会社として発足して5年が経ちました。仕事も順調に進み、会社の運営も順調に推移してきました。
今日。有限から株式会社として、新しい出発をすることになりました。案内状も出来上がり、連休が続いた為、発送が今日になったが、5月1日付けで、法務局へ届けを出せば、『アイダ電機株式会社』が誕生いたします。色んな苦労があったが、やっとここまで漕ぎつけることが出来ました。
新たな出発を開始するわけです。朝早く目が覚め、今日一日の取り組みを考え、今後の課題を検討し、方向性を決める為に始めての会議を開催いたします。社員と心を一にし、社会への貢献と、従業員の生活を安定させ、素晴しい会社へと舵取りをしようと考えています。

2007年4月30日 (月)

親交

4月27日の夜7時より、焼肉を社員8名とゲスト1名の計10名で食べに行く。年度末の仕上げで忙しい毎日を送ってきた社員へのせめてものご苦労をねぎらうつもりで開催した。
時間を調整し、参加した社員たち。よく食べること‥‥。
時間を忘れ、話に花が咲き、飲むは、食べるは、この若さと逞しさ、わが社の原動力である。きょうは無礼講。何の気兼ねも無く、遠慮もせず、本当によく食べる。
其の後、ゲストと一緒に祗園へ出かけた。普段は、誘っても首を縦に振らない客人であるのに、きょうは気分よく飲めたせいか、気持ちよく同行。私は良き友人の一人と思っているので、話題には事欠かないし、遠慮も要らない。
彼の奥さんが心配しているかもしれないから、「電話でもして置いたら」というと早速電話。安心して気持ちよく飲めるし、話も弾む。次の日、携帯へお礼の電話があり、「最後まで楽しかった。ありがとう。」この一言が何より嬉しいものだ。親交を深めることにより、明日への活力となり希望が持てて嬉しくなる。と、同時に次の機会が楽しみになる。

2007年4月24日 (火)

追憶

 今年も藤棚の藤の花が見事に咲いた。薄紫の花びらが長く垂れ下がり、一段と美しく感じられる。去年と同じように大きな蜂が群れを成して、藤の蜜をこのときとばかりに、吸いに来る。
2年程前には、庭にアジサイの花が咲き、庭のポイントだったが、今は無い。というより、電材置き場になったため、陰に隠れ、日の当たらない状態になり葉も伸びず、生きているのがやっとという状態だ。事務所を増築した為、沢山の草花が無くなり、家庭菜園を楽しみにした場所も今は無い。柿の木も、そして、大きく育ち毎年花を咲かせた芙蓉の木も、橙色の花を咲かせたノウゼンカツラも今は無い。妻が手塩に掛けて育てた花水木も無くなった。なんとなく寂しさだけが残る。会社の発展もいいけれど、緑が無くなり、代わりに電線が山済みになった現状を見るとき、ココロの隙間を埋める場所が無いことを空しく感じる。
いまは、わずかに藤の花だけが残り、気を休ませて呉ている。

2007年4月14日 (土)

現代の名工の祝賀会に参加

夜中に降った雨もどこへやら消えて、すばらしい天気に恵まれた土曜日の朝。いつものように仕事に出る。
土曜・日曜は、木屋町近辺の駐車場は20分200円と値が高くなる。すぐ終わるような仕事だったら、辛抱も出来るが、どの位掛かるかわからない仕事をするのに、この200円は痛い。歩いて10分くらいの所に、最大1700円の所が見つかったので、朝1番に駐車する事にした。
お陰で、駐車違反を気にすることなく、慌てることなく、仕事に専念できた。
昨日は、電気工事に従事して60年の勝山氏が『現代の名工』厚生労働大臣表彰の祝賀会が開催されたので、参加した。職人にとってこんな目出度い事はないし、最高の栄誉であると同時に、永遠に語り継がれる名誉を手にしたわけである。参加できる私も幸せものだ。そう思い早めに仕事を終えて参加した。沢山の人が、氏の人柄と功労を讃えた。

2007年4月13日 (金)

感謝状贈呈式

 松下電工の全国防災会社様・感謝状贈呈式が、大阪・上本町の「都ホテル・大阪」で開催され、出席した。
昨年の10月〜3月までの6ヶ月間の売り上げコンクールで優秀な成績を上げられた全国162社に対しての贈呈式である。我社もその中に入っていたわけである。
悦ばしい事である。ここ最近、京都からは毎年同じメンバーが参加している。そのせいもあり、顔馴染になり、気さくに会話が弾む。
今回は開催地が、大阪という事でもあり、現地集合となった。久し振りに電車に乗り、車窓から見える桜を眺めながら、会場へと向かった。馴れない土地ゆえ、チョット不安もあり、スリルを楽しむことが出来た。
今年の記念講演では、ツカサグループの代表の、体験を踏まえた講演であり、興味を持って聞くことが出来た。しかし、人間の能力は千差万別。同じようにはなら無い。
発想と、希望を持ち、果敢に挑戦する事が大事なことは解るつもりだ。書籍でも買って参考にすることは大事だと痛感した。

2007年4月 9日 (月)

選挙が終わった

統一地方選挙の前半が終了した。
「応援している候補が危ない!」 流れてくる情報に、一喜一憂しながら、走りに走り応援した選挙戦。昨日の開票が終わり、見事に当選。応援したかいがありホッと胸をなでおろす。候補者も大変な想いかも知れない。しかし、陣中見舞いの御礼の電話をしたり、支持者への協力をお願いしたり、事務所での接待と、身内の人も大変だなあとつくずく感じた。
選挙が終わってホッとしているのは身内の人だと思う。
 力の無い私であったが、少しでも役に立つ事が出来たら幸いである。                       事務所の電気工事を頼まれていた関係で必死に頑張った昨日まで‥‥。     きょうは、笑顔での撤去作業に取り掛かった。

2007年4月 6日 (金)

春の嵐山

仕事の依頼を受け、久し振りに嵐山へ出かけた。
春一番の輝きを放つ嵐山。
満開の桜と、キラキラと輝く川の流れ、に感動。
ここ数日、急に冷え込み身体が震えていたのに、今日は青空が広がり、渡月橋を渡ると、中ノ島の桜が一段と美しく見える。紅色の枝垂桜や、八重桜が色鮮やかに光彩を放ち、観光スポットをより引き立てる。仕事の依頼がなかったら、見逃す所だった。                      何時でも行けると思うと、近場のすばらしいスポットをつい忘れてしまう。
明日からの土・日は、大変な人出が予想され、今日みたいに
のんびりと桜を鑑賞できず、車の渋滞できっといらいらしたことだろう。お得意様に感謝!

2007年4月 3日 (火)

公園で食事

昨日、「桜の話」を書いて今日見直してみると,6分咲・8分咲きが「部」になっているのに気付き慌てた。
そうゆうことも多々あるなと反省する事しきり。
今日の昼は、仕事先が、木屋町なので、ぼんぼりが並び桜並木と高瀬川の通りに面した公園で食事をすることにした。弁当の蓋をあけると、桜の花びらが、ヒラヒラとご飯の上に舞い降りてきた。「きょうは、少し寒いなあ」と思いつつも、満開に咲いた花の下で、酒は無いが、女房の作ってくれた弁当を食べる。
小さな公園ではあるが、中々風情のある公園である。
小さな公園にしては、見事な大きな桜のきがあり、町内の有志の方の心ずかいか、ライトアップの用意までしてあり、夜はキレイだろうなと、思い巡らす。
携帯で写真に収め、寒くなってきたので車に乗って休憩を取った。桜が咲くと色んな楽しみ方が出来、愉快である。

2007年4月 2日 (月)

さくら

 川端通りを五条通りから北上すると、桜並木の桜がピンク色に色付き、心が和む。まだ六部から八部咲きではあるけど
春の風情を満喫する事ができる。             観光京都の春本番はこれからではある。
カメラを片手に散策する姿が、目立つようになってきた。
鴨川の流れと、川の方へと枝が伸び、その枝に桜花が溢れんばかりに咲いている‥‥。そんな桜並木の下を歩くと、優雅な気分になる。チョット肌寒いが、今しか味わえないこの一瞬が嬉しい。

2007年3月31日 (土)

統一地方選の告示

3月30日、統一地方選挙の告示日。
一斉に、出陣の挨拶と共に選挙カーに乗り、市中に繰り出す候補者の皆さん。自分の進退が掛かっていると同時に、選挙民の評価が貴重な1票によって審判が下される。
大変な想いで10日間を戦わなければならない。
私も、応援している候補者が居るので候補者の心境はよく判る。聞く所によると、市から戴いている報酬の中から、4年の任期中に選挙資金を捻出しなければならないという。
大きな政党ならいざしらず、大変な苦労があるのだと知ったとき、この人だけは、落としてはならない!と、そんな気持ちになった。人それぞれの思いが交錯する選挙戦だと思う。
それだけに、自分の1票を大事にすると同時に沢山の方に自分の信じている人のことを真剣に訴え、応援をしていきたい。

2007年3月29日 (木)

春の訪れ

3月は、多忙を極める。
自治会長の選挙が終わり、新しい会長を選出。
次に、町代表の役員の選出の為の行動が必要になり、次期会長と相談。次の三役の方と連携。「ここまでしなくてはいけないのだろうか?」ふと考える。しかし、気を取り直し、リレーと一緒でバトンタッチがうまくいくように努力するしかない。書類つくり、自治連合会への報告、決算総会、町内会への挨拶分作り、新旧の三役引継ぎ会。忙しい月では会ったが、明日の自治連合会の決算総会で終了する。
「やれ・やれ」である。でもいい経験をさせて戴いたと感謝している。
 気象台の桜・開花予報が大分狂ったようだが、春は確実に来て居る。
昨日。木屋町を通ると、桜並木を高瀬川の、川の中央に設けられた大きな投光器でのライトアップがなされ、通りには、ぼんぼりにも灯がともり、満開の桜の出現を待っているかのようであった。

2007年3月13日 (火)

祝賀会に参加して

3月9日(金)の午後5時30分に、我が電気工事工業組合の
理事長の叙勲祝賀会が、ホテル・セントグランビアにおいて開催された。業界の最高責任者の祝賀会と在って、多くの来賓が詰め掛けると同時に、組合関係者も沢山お祝いに駆けつけた。延べ274名。暗い話題に事欠かない最近の世の中。
そんな時に開催され、喜びもひとしお。
 ご来賓の祝辞も終わり、理事長の謝辞の中に、「この受賞は、組合員の皆様のものであり、私が代表して受けたものである。それから今まで一回もこんな言葉を言ったことはなかったが、皆様の前で言わして貰います。」と、奥様に対し、 「お前、ありがとう‥‥。」顔を赤らめながら、一言。
これには大拍手。奥様も負けじと、『あなたに会えてよかったわ』何と微笑ましい光景であろうか。夫婦、これに尽きる。感動!  京都・宮川町の祝舞もあでやかで良かったが、こういう場面が私にとって、いい思い出と、夫婦の絆を見ることが出来たと喜んでいる。

2007年3月 5日 (月)

自治会長選挙

 なんともいえない春の暖かい日射しに恵まれた日曜日の朝。一週間前に投票用紙と名簿を全町内のお一人お一人にお渡しし、回収した投票用紙が、今日の10時に開封される。
思い起こせば一年前。会長選挙で推挙され、自治会長を引き受けたのを思い浮かべながら開票作業に取り掛かった。
次期会長がすんなり決まってくれる事を願っての開票である。
1時間ほどで開票と集計が終わり、得票の一番多い人にお願いと報告をしなければいけない決まりになっている。
午前中に済ましたほうがいいということになり、早速訪問。
この瞬間が、大変である。「大丈夫だろうか」「留守でないだろうか」副会長と、そんな話をしながら、緊張を隠せない手でインターホンを押した。奥さんが出てきて留守を告げられ、再度訪問を約束し、帰ることにした。午後1時、再度訪問。奥様に話がしてあったので、気持ちよく奥の間に通して頂くことが出来た。投票の結果をお知らせし、『何とか‥うけてください』思案する当人‥‥。思いが通じたのか、受けて頂く事が出来た。やれやれである。最後の総会に向けて、出発することが出来る。こんな嬉しいことはない。

2007年2月27日 (火)

新しき知識を求めて

2月26日と27日に掛けて、JWcad講習があり参加した。時代の流れに逆らう訳には行かない。
 知って得する大事な講習である。歳を重ねて60年。
今更という感も無い訳ではないが、知識を吸収しようという意気込みが残っているだけ、呆けることも無いだろうと思う。馴れない手つきで、パソコンの画面に夢中になり、タバコ休憩どころではない。講習を受ける人総てが、真剣だ。
ある程度の知識はあっても、実践となると中々うまくいかない。硬くなった頭の中へ詰め込むという事は大変です。
30歳〜70近い受講者。それだけに、何事にも真剣に取り組もうという熱意があり、(質問・操作が分から無い)と手を上げる人の多いこと、講師の人も大変だ!
私も、こんな雰囲気が嬉しく、受けてよかったと思った。
折角、習った知識を役立てるように、1にも練習・2にも練習と、頑張ってみることを決意する。

2007年2月21日 (水)

接骨院でリラックス

運転をし、車から降りるとひざが痛くなり、ビッコをひくようになった。普段はどうもないのにおかしいなあ、首をかしげる。家族の勧めもあり、去年開業した接骨院へ行くことにした。
最近の接骨院も様変わりして、近代的になっている。
エアーを使った、足マッサージ器があったり、水を利用したベッドマッサージ器があったりと興味をそそる。おまけにヘルストン迄ある。膝だけの治療なのに、全身を治療して貰っているみたいなものである。おまけにリラックス出来てこんな幸せな事はない。治療代も初診は、1000円。2回目は、550円。3回以降は400円と格安。リラクゼーションするにはもってこいの場所である。暫くは、通いつめて身も心もリラックスしようと考えている。

2007年2月19日 (月)

携帯電話の悲劇

日曜日の朝の出来事。
電話が掛かって来るのを思い出し、携帯電話の存在を確かめようと探し始めた。何時も置いて在る所に電話がない!。
最近、ど忘れがきつくどこに置いたのか判らない時がある。
またか!と想いつつ、思い当たる所を探す。ふと思い当たるところがあり、洗濯物いれを見ると昨日脱いだはずの作業着がない。しまった!孫が来ていたので、久しぶりに風呂に入れてやろうと慌てていたので、電話をつけたまま脱いだのである。こともあろうか、嫁は、何も考えず洗濯機へいれて洗濯をしてしまったのだ。腹が立つやら、文句を言っても元に戻るわけで無し、居場所がなかった。メモリーの保存がしてあるわけでもなく、情報が何もない。パソコンの地図を頼りに住所を探し、電話局へ問い合わせても、見つからない。
携帯をメモ帳代わりに使っていただけに、手の打ち用がない程困ることはない。auの店が開くのを待ち、駆け込んだ。
手続きが終わったころ、電話が掛かってきて事なきを得たものの、
500件以上の登録が消えてしまったのだから、登録しなおすのにどれほどの手間暇が掛かるかわからない。腹の虫が収まらないけど、収集に努力するのみ。

2007年2月14日 (水)

雑感

雨が降り出した。家の中の仕事とはいえ、お客様の家の中に雨を持ち込むような気がして気がひける。
宅内のラン工事を依頼されたものの、内の社員が忙しいので大阪の業者に来てもらっての仕事となった。
段取りをし、合間を見てはオーナーと話をする。昨年からのお付き合いなので、四角四面ではなく、気楽に会話が出来る間柄になった。会話というか、対話というか、人と人とのコミュニュケーションの大切さをいつも心掛けている。
会話というのは思いつくままに流れるように笑顔で親しみを感じながら、昔話をしたり、生き様を話したり、聞いてくれる相手が居る。これが一番大事だと思う。今日はそのような展開になり、気持ちもおおらかに会話出来たので満足である。しかし、何時もこういう展開があるとは限らない。何よりも大切なことは、相手の気持ちも察しながら、決して欲張らないことだと思う。人との出会いを大切にし物語を沢山作って生きたいと思う。

2007年2月13日 (火)

光射す

東京へ就職し、知らない都会で頑張っている次男坊が、これからの進路について話をしたい。そんな伝言を、妻から10日の夜に聞いた。
長男の下へ電話が在り、現状が知りたいし、兄貴の考えを聞いた上で今後のことを考えたい。という事らしい。
実のことを言えば、(団塊の世代の退職で、大分の営業所を任せたいという話が出たらしい。そんな折、息子のアシスタントが、跡継ぎをしなければならないのに?)このことが上司の知る事となり、帰って話をし、14日までに結論を出して欲しいということに成ったらしい。
跡を継ぐことを考えていてくれたのだと嬉しくなった。
将来の展望・会社としての取り組みや、親としての希望などを、長男を交え話をする。決して安穏でないこと、自分の道は自分で切り開き、おんぶに抱っこの人生で無いことを順に話をし、本当に継ぐ気があるのなら、1年後に帰ってきたほうがいいのではないか?‥‥。良く出来た息子である。腹が決まったようで、快く納得をし、会社に伝えてくれたようだ。心配をしていた後継者問題。一筋の光が射してきたようで非常に嬉しい。今後、どんな展開が待ち受けているのか楽しみである。

2007年2月 9日 (金)

頑張れ!外国の人

東山・大和大路の閑静なマンションの1階に小さなレストランがある。たまたま管理会社の依頼を受け、分電盤を取り替える仕事をすることになり、訪問。仕事を終え、コーヒーを戴く。言葉に訛りがあり、日本人で無いことを察知して、おいしいコーヒーを飲む。『お仕事大変ですね』声を掛けると、色々と話をしてくれた。自分はインドネシア人で、料理が好き。ニュージランドで今の妻と結婚、東京・大阪へ仕事を探しに行ったが、せわしないので京都へ来たという。
来日して6年。友達の紹介で、生まれて初めてお店を開店。
暇な時も有るけど、妻と希望を持って頑張っています。近所の方もいい人ばかりで嬉しい。私も話の中に入り、コミュニケーションの大事さ、口コミできっと繁盛するようになりますよ。世界の中の京都で、日本の良さを味わってください。
こんな会話をしながら、コーヒーのお礼を言い、立ち去った。外国の人の必死で頑張っている姿を見て、感動した。

2007年2月 5日 (月)

訃報

今年に入って、初めての雪が降った。そのせいであろうか?
訃報が続けてはいってきた。
良く知っている方なので、驚きを隠せない。人には寿命があるとはいえ、寂しさと悲しさがが襲ってくる。
椅子職人として、長きに渡って頑張ってこられ、後継者の息子さんも頑張って精力的に貢献し、これからという時に亡くなられた。家族の気持ちを考えると胸が痛む。
今日の午後12時、告別式に参加し在りし日の故人を偲びお題目を送りたい。

2007年1月31日 (水)

改選まじか

明日から2月。自治会の会長になってから、早いものでもうじき一年が経とうとしている。      
 任期は一年。次の会長を選挙によって選出しなければならない。投票用紙の作成や、被選挙人名簿の作成をしなければならない。昨晩も、町籍名簿とニラミッコ、年齢・役暦等間違いのないようにしなければならない。大変な作業である。
他人には判らない苦労が付きまとう。
色んな経験をつむことが大事だと私なりに理解しているからいいようなものの、一つ間違えば投げやりになり、運営が出来なくなる。次の会長になる人はよき脇氏を見つけて欲しいなあと、気遣う。きょうも作成に専念し、余裕で望みたいと思う。

2007年1月29日 (月)

餅つき大会

自治連合会の少年補導による、大イベントの一つ「餅つき」が、安井小学校のグランドで催された。
自治会長の私も招待を受けていたので、喜んで参加しようと思っていた。土曜日から長男一家が泊り込みで来ていたので、ことし小学校へ入学予定の孫娘を連れて参加。
10時開催というのに早くから参加している親子連れ。
準備に追われる役員さん。薪わりをする人、釜に湯を沸かし、蒸篭にもち米を入れたり、石臼に湯を入れ厚めの布巾をかぶせもち米がむしあがるのを今か今かと待っている様子を見ていると、私もすぐに餅がつきたくなり、石臼のそばにいく。しばらくすると、蒸篭を持ってうすの中へ。
一番先に、杵をとり、なれた腰つきでコネはじめ、合いの手のなれた役員さんと共に餅つきをはじめた。
3臼ほどつき、若い人とバトンタッチし、孫の手を取り「ぜんざい」コーナーへ。つきたての餅をおいしそうに食べる孫。カバンをおねだりに来たお陰で、貴重な体験をしてくれたと喜んでいる。

2007年1月27日 (土)

インタビュアー・穂積

25日の夕方5時半に穂積氏が雑誌社のカメラマンと記者を連れて、私の会社へインタビューに来られました。企業訪問ということでお見えになられ、雑誌の取材という形で最近の状況や、私の生き様を聞かれ、色々とお答えをし、聞き上手の穂積氏も自分の人生を振り返りながら、お話をして戴いた。従業員と共に写真に納まったりしながら、与えられた1時間がアッというまに過ぎていった。TVや舞台で活躍し、本も執筆され、『積み木崩し』で一躍有名になられた方だけに私も期待を寄せていただけに、残念でならなかった。
でも、あくまでも営業で来られたのであって、私に興味を持って来られたのではないだけに寂しい思いがしないではなかった。何故かなら、記者の口から「雑誌に掲載するのにお金がこれだけいります」という一言を聞いたからである。
何でもお金の世の中。でも、私にはいい想いをさせていただいたという感謝の気持ちはある。

2007年1月22日 (月)

消化訓練

1月21日・日曜日。寒さを感じる空の色。
自治会長として、全体での大きな行事の最後が消化訓練である。高齢化は、私の町内にも押し寄せてきている。
町内の組長さんも同様である。町内に設置してある消火器を
持ってきてくださいとお頼みしたものの、重たいし、大変な労作業。会長としての役目と想い、車で回収することにした。
泡消火器の使い方を知らない私。知らないがゆえに、消火器を寝かして運ぼうとした瞬間、泡が吹き出してしまい、軽の
ライトバン・泡だらけ。「ウワー」声にならない声で「しまった」慌てても後の祭り、消化訓練する前に、実験をしているようなもの。開いた口がふさがらないとはこう言うことだ。それでも役目柄仕方ない。次の消火器からは倒れないように工夫をし、10本を何とか回収し終え訓練に参加。消防隊員の説明と実演。閉めの挨拶をし、事業は終わったもののそれからが大変!泡だらけの車の清掃に没頭。きれいにするのに半日も掛かってしまった。
ドン臭い私。自分を責める事しきり‥‥。貴重な休日を棒に振ってしまった、何と情け無い一日であったことやら。

2007年1月15日 (月)

竹中平蔵の百日目の講演

京都発・午後1時15分。八条口・バスターミナルより、会場となっている大阪の帝国ホテルへ向かって出発した。
きょうは、前総務大臣の竹中平蔵先生の記念講演が開催されることになっているので楽しみにしていた。
 1月13日の土曜日のことであった。毎年、有力お得意先様招待と銘打たれ、今年も参加することができた、大手材料卸店の賀詞交換会。どんな時代でも、夢を与えるような企画をしてくれる材料店。感謝この上なし。おまけに大型バスを貸しきっての、心配り。
会場に入ると、メーカーの人・工事店のトップがすでに参加。
メーカーのプレゼンがあり、主催者の挨拶。
いよいよ講演が開催‥‥。小泉政権を支えた当時の話。学者としての現在の心境と経済の見通し。そして阿部政権の今後。三点に着いて、原稿に頼ることなく、聞く人にいい印象を与えるすばらしい論説。一番印象に残ったのは『リーダーはパッションが無くてならない。そして細部にわたって神経を張り巡らすこと。指示が的確であること』まだまだ沢山のことを学んだ。いい勉強が出来たと喜んでいる。

2007年1月12日 (金)

後継

お得意様の新年会が「高倉六角』の格式のある料亭で開催され参加。1年に1回しかお目にかからない人もあり、楽しい一時を送ることが出来た。
 主催者の会社では、昨年の9月にバトンタッチがあり、後継者不足で悩んでいる業界で特筆すべき快挙と喜んでいる。
会長になられた前社長。挨拶も流暢で、中々味のある存在感
溢れる人で、最後に新社長に就任した長男を筆頭に三人の息子を従え自慢げに挨拶。嬉しさと絆の溢れたいい挨拶であった。内もどうしたものかと悩んでいる所である。
縛り付けてもいけないし、強制も出来ないジレンマがあることも確か。子供のやる気と「繋ごう」という意識が生まれることを願うばかりである。まだ時間がある‥‥。

2007年1月10日 (水)

恵比寿さん

きょうは10日。恵比寿さんの本祭りの日。四条縄手の南の通りには両サイドに店が立ち並び賑わいを見せている。参拝客は、手に飾りのついた笹を思い思いに持ちながらキョロキョロと並んでいる店を詮索している、きらびやかな着物姿の人・普段着の人・オーバーの襟を立て寒そうにサッサッと歩いている人、色々で面白い。信号の待ち時間で垣間見た風景の一部である。
 私は、祗園で仕事があるのでゆっくり出来ない。そう自分に言い聞かせその場を去った。明日から新年会が毎日のように続くので、仕事をそつなくこなし、参加できる体制つくりに万全を期している。それも大事。しかし、身体も大事。そのことを考えながら参加しようと思う。

2007年1月 9日 (火)

新年会

 1月7日・日曜日。超低気圧の発生で、突風の吹く中を名神高速を三重県の
浜島温泉に向かって走って行く。バスの横腹をまともに、容赦なく吹く風に運転手も必死の運転。二見ヶ浦の夫婦岩の参道を歩こうにも風との闘い、薄日の太陽が照り、大きな波が岩を覆い、ロケーション的には最高。そんな中を新年会・会場
のシーサイドホテル・鯨望荘へ到着。海は荒れ、一向に止まない風。温泉の露天風呂も突風!興味もあり、突風の露天風呂に入る。身体は浸かっている温泉で温かいが、顔と頭は、突風で居る場所を探さなければいけない始末。
ハプニングの連続であった。
地下の宴会場で、新年会を開催。従業員の家族を含めての和やかな新年会を催すことが出来、新しい出発をすることが出来た。去年、忘年会をやめての新しい企画であったが、全員が楽しめ、1泊して身体を休める事が出来たのではないかと、私なりに満足しています。

2007年1月 6日 (土)

一歩前進の展開

Q.2007年の抱負,決めてますか
A.決めている

選んだ理由
「一年の計は元旦にあり」といわれますが、目標を持たずして計画は立てられない。目標を持つことにより前に進んでいけると、確信している。
1・オール電化をもっと前へ
2・そのために、営業に力を入れる
3・1ヶ月ごとに状況判断をする

若い希望を亡くして

空は雨雲、小雨の降る土曜日の朝。
仕事に出ようと思うが、昨日訃報が入り告別式に参列せざるを得ない状況に立たされた。仕事は違うが、工事のときに世話になり、気軽に話のできる若い友人の1人が『心不全』でこの世を去ってしまった。まだ41歳という若さで母親を残し霊山へ旅立ってしまった。彼のことを想うとどうしても線香の一本でも手向けたいという衝動に駆られる。
 母親は嘆き悲しみ、希望をなくしたに違いない。母親とも親交があり、苦労しながらも明るい笑顔を絶やさず頑張って生きて来た母親を良く知っているだけに、胸が締め付けられるようなそんな想いがしてならない。
慰めの言葉も出てこない。ただ彼の成仏を願うのみ‥‥。

2007年1月 5日 (金)

佐賀のがばい ばあちゃん

 昨日、午後9時から放映された『佐賀のがばい ばちゃん』。実録にもとずいたフイックション。
内容が、自分の幼小時代と重なり、涙の途切れることがなかった。おばあさんのひたむきな生き方に感動し、教えられることが沢山あった。そして、母子の愛があった。残念ながら、私が寂しく愛おしく思ったのは、母が5歳の時に病気でなく成り、母親の愛情を知らないで育ったことである。
 逞しく生きていく少年の姿が、多くの友達を作り、環境を変えていく、そして人生とはこういうものであると身を持って教えてくれたおばあさん。おばあさんの想いがそして生き方がいっぱい詰まった感動巨編だった。
今年の仕事始めは、 今日の5日。出勤前に「こぶちゃ」で無事故を祈り、目標を掲げ乾杯し出発。
お正月は身体をゆっくり休ますことも出来たし、新しい目標を掲げて、この1年を有意義のあるものにしたい。

2007年1月 1日 (月)

新年の出発

明けましておめでとうございます。
青空の拡がる暖かいお正月。一年の始まりにふさわしい良い天気です。昨年の30日、4年ぶりに餅つきに行く。
そこに懐かしい面々が居た。懐かしくもあり、嬉しさをかんじた。
石臼に蒸しあがったもち米がいれてあり、すぐ突いて下さい
といわんばかり。久し振りに杵を持つ。
ギュッと杵を持ち、「こね』はじめた。餅つきは、このコネが大事で、コネがうまく出来ないともち米が飛び散り人に魅惑がかかる。腰を使い「昔取った杵』とはここから来たのかもしれないと思いながら、馴れた腰つきでこねた。『いい腰つきだ」と褒められ、一臼突き上げた。ブランクがあり息が上がった。2回目からは、馴れてきて、杵つく音も勢いのある軽快なパーンという音に変わった。こうしていい年末を過ごし、大掃除・年賀状書きで終えることが出来た。
今年は、いい年に成ると決め、頑張りたい。初参りも済ませ、あとは、孫と子供たちが挨拶に来るのを待つばかり‥‥‥。

2006年12月28日 (木)

この1年をありがとう

 あと3日でお正月。一年が経つのが何と早いことか、忘年会に参加してから今日まで、何と忙しい毎日であった事か。
我ながら、良く仕事をこなし、休みも取らず、身体が悲鳴を上げているのに良く堪えられたと感心している。
流石に今日は朝起きるのが辛く寝坊をしてしまった。
 今日で仕事終いと思ったからなのだろう、気が緩み、疲れがドッと来たみたいだ。
 61歳の身体に、休み無しはチョットきつい。それでも人ができない所をこなさなくてはいけないと思うと、つい無理をしてしまう。悪い癖だといつも女房に言われているのに中々治らない。明日は大掃除をして、1年が終わる。
自分に対しても、私に係ってくれた皆様に対して「この1年ありがとう御座いました。」とお礼を言いたい。

2006年12月15日 (金)

望年会

今年初めての忘年会に出席した。
場所はリーガロイヤルホテル。昼から降り出した雨。一向にやむ気配が無い。タクシーの予約をしようにも電話が繋がらない。業を煮やし、「もういい」とJRでいく。傘をさし、馴れ無い道を歩く。会場に着くも、知らない人ばかり。
腹を決め明るく振舞うようにした。名札を貰い、会場に入ると、名刺交換。勢いがある会社はちょっと違う。
先方から挨拶に‥‥。寡黙な私にとって、「渡りに船」
その会話の中で、でて来たのが表題の「望年会」。忘れる会では意味が無かろう。「いい年であった、あまりよくなかった」だからこそ希望を託すようにとの願いをこめてのことだという。
最近では新年会も、「親」に変えてやる所もあるという。
様変わりしているのに驚く。誤字と想い笑っていた自分が恥ずかしくなる。今日も沢山の人と交流が出来満足。

2006年12月13日 (水)

雨にぬれて

今日、滋賀県の仰木へオール電化の施工にゆく。
先週の火曜日に貯湯タンクの基礎と配線工事をやり終え、1週間ぶりに現地へ行き、きょうは、据付と電気の接続・配管工事を早く終わらせて、早く使って戴こうと朝早く出発。
 到着するなり雨。準備不足で、カッパを持ってくるのを忘れ、雨にぬれての仕事となった。基礎の仮枠を外し、ガス釜の撤去、ガスレンジの交換、やることは沢山あるけど、雨で仕事が余りはかどらない。風邪をひいてはいけないと、梱包のビニールを合羽代わりにして仕事をした。
ちょっとしたアイデアで何とか終了することが出来た。
会社へ帰ったものの、濡れた上着を長いこと着てたので寒気がしてきた。これはやばいと想い、自宅へ。風呂を沸かし、長い時間じっくりつかった。冷えた身体には風呂が一番である。あったまった身体で食事をし、雨も上がったので、近所を散歩する。
 子供のいる家、商売をしている家、マンションの庭に、イルミネーションが華やいでいた。LEDの進歩で、電球の色も華やか。白・黄・赤・青とコントローラで光が踊ってキレイ。
クリスマスが近ずいてるなあと実感する。

2006年12月 9日 (土)

孫の入院

 いつも笑顔で応えてくれる孫のリナが、入院した事を聞き、慌てた。
どうしたのか心配で落ち着かない。原因は何なのか?娘からの電話では「特発性血小板減少紫斑病」ということらしい。「えらいことになったものだ。」うかうかしていられず、とりあえず病院へ行くことにした。
私の妻も同じ病気に係り、3ヶ月ほど入院したことがある。
子供の事なので軽いと思うが、最近医療事故が頻発しているので不安で仕方が無い。もしミスでも起こったら、孫の将来がとんでもないことになる。そんな事を連想しながら病院へと車を走らせた。
病室にたどり着くと、手に包帯が巻かれ、点滴が施されていた。孫は無邪気なもので紐をしゃぶりながら遊んでいる。
その姿を見てチョット安心した。
ずっと寝ていなかったらしく、あやしながら抱いて暫くしたらスウスウと寝てしまった。
小冊子が置いてあったので読んでみると、風から来たものらしく決して遺伝は無いとの事。チョット安心した。
今日報告があって、1万しかなかった血小板が5万個に増えたらしい。もう安心だ!今日も孫の顔を見に行くことにした。

2006年12月 8日 (金)

寒い!

師走に入ると冷え込むようになり、街路樹のイチョウの葉が一段と黄色に成り、風が吹くたびヒラヒラと舞いながら落ちてくる。車を走らせ仕事に向かう時、たまたま倒産したのか、店を閉めてしまったスタンドがあった。吹き溜まりなのだろう。イチョウの葉がスタンドの敷地を埋めている。
活気が無い分余計寒々さを感じた。車は増えているのにも関わらず、最近スタンドが店を閉める所が目立って増えてきた。石油の需要と供給のバランスが崩れ、追い討ちを掛けるように石油の値上がりが、経営上大きな負担となっているように感じる。私たちの業界も人事では無いように思えてならない。電線の高騰が続き、単価は抑えなくてはならないし、
大変な時代になってきたものだ。

2006年12月 4日 (月)

親睦旅行

 電気工事工業組合主催の親睦旅行に参加する。
現地集合というけったいな旅行である。同じ地区の組合員さんと待ち合わせをし、私の車で出発した。山肌が赤く色ずき
12月の季節らしくなってきた。昔紅葉パラダイスとして、庶民の憩いの場であり、親しまれていた所を料亭として復活した大きな料理旅館であった。面影は一つも無い。
折角来たので、温泉に入ることにした。
長い廊下を通り大浴場へ、やっと旅行気分が味わえた。
人間現金なもので、温泉につかり、参加した多勢の組合員の中に入って話をし、和ごんでくると、来てよかったと思う。
酒を酌み交わし、わいわいと意見交換をする。いつもは、中々気楽に話しが出来ないが、今日は無礼講。酒が入ると、本音で話が出来て、親しみも湧くものである。
朝風呂に入ると太陽がまぶしく昇り、湖面もきらきらと輝き爽やかな朝を迎えることが出来た。朝食を済まし、帰りは
仲間が増え三人で午前9時料亭を出発し帰途についた。

2006年11月29日 (水)

屋久島上陸

3日目の午前7時・宮之浦入港。1番期待していた目的地。
小雨降る屋久島へ第1歩を踏み入れた。
 屋久島は、1年の内の3分の2が雨と言われ、なんとなく納得した。観光バスに乗り、屋久島一周の1日コースの出発です。驚いたことに小さな島で在るにもかかわらず、島の天気が上屋久町と屋久町とでは違うことも判明。スコールの中を最初の千尋(せんぴろ)の瀧へとバスは行く。一枚岩の中に瀧が流れ、荘厳である。次は屋久杉ランドの紀元杉だ。
大自然の中に生息する数限りの無い種類の草木。今まで見たことも無い異様な光景に圧倒される。生命力旺盛な木々達。
 切り株の上に、新たな屋久杉。千年以上経ったものばかりが、屋久杉という格を与えられ、その屋久杉に巣食う十数種類の木々、不思議な感動である。紀元杉も新たな息吹を貰うようにそびえる。紀元杉に自分の人生を重ね合わせると感慨深いものがあった。ガイドさんの案内のすごいこと。いつも半分寝ているけど、今回は違った。屋久島の魅力に魅せられた詩人の話。ウイルソン株の発見者の話。屋久島の由来。真剣に聞いた。それほどの感動があった。船に帰り、この感動を短歌にし、投票箱へ投函。見事入選。妻と二人で味会うことの出来た、最高の思い出に残る旅でした。

2006年11月28日 (火)

鹿児島に接岸

クルージング(その2)
低気圧の発生によって、楽しみにしていた目的地の種子島に
寄港することなく、安全を重視し、桜島を1週する形で鹿児島港へ。突然の寄港で主催者はテンヤワンヤの応対。
 タクシーの予約に無料のシャトルバスの手配。旅行会社というのは、何が起こるか分らないから大変である。
その点、ユウザーは気楽なものである。あなたまかせ!
 昼食の時に親しくなった、ご夫婦と市内観光へと出かけた。バスと違い、運転手との会話のやりとりの中での観光は楽しく、新しい発見が次々に展開し、隣のご夫婦ともに和やかなひと時を過ごすことができた。
 大人の付き合いは大変であるけれど、同じ目的で、旅行をエンジョイしたい私たち。気兼ねすることも要らず、本音で会話が弾む。人生も、目的が同じであれば、会話も進むし、目標とするものが見えてくる。そして生きる希望が何倍にもなることを実感する。
 そんな事をふと想い、船の待つ港へ帰った。

2006年11月27日 (月)

クルージング

大型客船パシフィックビーナスに乗船し、11月23日、神戸港をドラの音と汽笛を鳴らし、沢山のテープを切り、屋久島へむけての航海が始まった。初めての経験であり、夫婦二人だけの船旅。不安でもあり、又楽しみでもあった。
 娘に貰った旅行券。大事に、大事にとって置き、いつ使おうと考えていた時に、ツアーのパンフを手にした。
 いつの間にか、結婚して36年が経ってしまい、何にも思い出に残ることをしてあげていない。だけに、いい企画に恵まれた。と、参加申し込みをして半年、やっと実ったクルージング。生憎の曇り空。雨もポツポツ。先行き不安に‥‥。
 船室は狭く、ドアの正面に四角い船窓があり、トイレとシャワー室が会った。最初は「狭いなあ」そう思ったものの不思議なもので、過してみると、快適な居心地に変った。
船の中は、シアターあり、ゲームコーナーなどの遊興設備は整い、色んな教室が開催され、図書室・喫煙室・憩いの団欒が出来るように将棋・オセロ・囲碁が置いてある部屋。目的地に着く1日半の航海歯、退屈することがなかった。残念なのは、しけで種子島に行く事が出来なかったことだ。
残念!!      続きは又明日。

2006年11月21日 (火)

悲しい職人の性(さが)

何十年と職人として働き、現場に携ってきた私。
じっとして、机に座り、事務的な仕事に専念するという事が出来ない悲しさ。この性分は中々直らないものだ。
しかし、仕事が入れば、何を置いてでも突っ走ってしまう。
損な性分を持ったものである。仕事に関しては、絶対的な自信がある。長年培った腕は、中々消えるものでは無い。
少しでも役に立ちたい。そう思っても、社員は私と仕事をするのを嫌がる。何故か?といえば、仕事に関して五月蝿いからである。色んな経験をしていると、何かにつけて、頼りなく感じるし、つい命令口調になってしまう。職人肌のいい所であり、損な所である。
現在は、人を信用し、任せるのが一番と想い、なるべく口出しをしないよう心がけている。其の方が、一人ひとりが何をすべきかを考えて、自ら行動に移し、大きく成長をしている姿を目のあたりにする。
 嬉しいことである。最近は、自分で出来る仕事だけをこなし、チョットまとまった仕事は、外注に出すか、社員に頼み、段取りだけをするようにしている。

2006年11月19日 (日)

マグニチュウド7、8

11月19日(日)午前9時50分、マグニチュウド7.8
の地震発生。の想定の元、安井学区の避難訓練の開始。
 わが東車道町・自治会も参加。参加者30名。
避難集合場所に集まり、会長の指揮の下、組長さんに現在の状況を説明をし、簡易タンカの作り方を実演。
昨日、前会長より手ほどきを受けたことを忠実に再現することが出来た。参加した子供にタンカに乗ってもらい、「ダイジョウブ」。安心の烙印を!。参加した組長さんから、「いい事を学びました」と、この一言に救われた気持ちになる。
今日は、天気予報によると、雨。
幸いにも、町内から出発し、小学校までの道のりの間は、雨にあうこともなく、到着。雨のことも考え、運動場から体育館での催しとなった。参加者約600人。防災会長の挨拶に始まり、模範演技、注意事項などがあり、無事終了。
帰りに、給食・救護班による炊き出しのおにぎりを戴き、思い思いに散会。責任が果たせた喜びと、今日学んだ事を頭に叩き込んだので、一つ賢くなったなあ‥‥と、想いつ帰途に着いた。

2006年11月18日 (土)

避難訓練の前日

明日の日曜日は、安井学区の避難訓練の日である。
 阪神・淡路大震災から11年を経たいまは、人々の脳裏からあの生々しさと悲惨さが、段段と薄くなってきているのではないだろうか。
その現れが、先日の北海道沖地震による津波警報。     避難勧告が発令されても、大丈夫という楽観的な観測がなされているようで、非難した人は、僅かだった。そういう安易さが大きな災害をもたらすのではないかと思う。
「転ばぬ先の杖」と言われるゆえんを考えなくてはいけない。と、思いつつも、いよいよ明日、訓練が実施される。
明日の訓練に先立ち、前会長に指導を受けることにした。
前の日に電話で連絡を取ったら、当日は留守にするという。
 えらいことだ!要領が解らない。お願いしたところ、「今日の朝8時にきてくれたら‥‥。」と言うことで、仕事前にお邪魔してご教授願った。教えて貰いホッとしたものの、明日うまくいくか不安‥‥。

2006年11月13日 (月)

暇な1日

きょうは、休み明けなのに携帯電話が鳴らない。
忙しい時など、ひっきりなしに電話が在るのに、きょうは無い。人間おかしなもので、電話がなければ「よし」としなければならないのに、勝手なものだ。丁度うまい具合に修理に出しておいたプリンターが、治って来たのでセットすることにした。
修理前と修理後の設定が違っていたのでうまくいかず、メーカーに電話、これが又繋がらない。結局昼間で係り、やっとの思いで、何とか使えるようになった。昼からも暇をもてあまし、次の仕事の段取りや整理をする。仕事人間の私。じっとしていられないから困ったものです。
まだ時間がある。今度はなにをしよう‥‥。
市政協力員の私。そうだ!町内の掲示板に、貼るポスターが着ていたのを思い出し、ポスター貼りにでかけた。これから先、こんなことが多々あるだろう。その時の為、何をすべきか?。考えておいたほうがいいなあ。こんなしょうも無いことを考える今日、1日であった。

2006年11月12日 (日)

ミスター・ぐらはむさまへ

コメントお受けしました。

  激励の 言葉に感謝 明日の友

 又、アドバイスをよろしくお願いします。

     11月12日午前9時25分記

2006年11月11日 (土)

展示会で牛肉をゲット

11月11日(土)。材料・卸商の展示即売会が、国道171号線に面した会場で行われた。土曜日であるのと、雨が降っている関係か、入りはもう一つである。最近の電気業界も原油の値上がり、銅製品の高騰で、電材が値上がりし、工事業者を苦しめているのが現状である。その間隙を縫って行われた展示会。値段の交渉をし、次の仕事の分を確保しようと必死に成る。これから先、どのような展開を見せるか分らない現実。利益はあまり期待できないが、少しでも経費の節減になればと思っている。そうは言いながら、けっこう楽しみながらの買い物となった。帰りに売り上げに応じてポイントが点き、そのポイントで、牛肉をゲットした。ゲットした牛肉を会社に持ち帰り、従業員に今日のお土産として分配。嬉しそうにもって帰る姿を見て私も会社を後にした。

2006年11月10日 (金)

眠れない!

人に言えない程辛い思いをするときがある。
自分との戦い。心の葛藤。寝床に着く。目が冴える。
TVを観ていると、欠伸が出、堪らず涙が出るほどなのに、フトンを掛けると、目がシャキッとする。頭の中が、色んな回想で、グルグル。打ち消しても打ち消しても浮かび上がる。
酒を飲みに台所。神経を酒でごまかそうとするが、余計に神経が昂ぶる。こんな思いをされた事は無いだろうか、苦しいものです‥‥。最近、何故かこういう日が続く。
本で読んだことがある。寝られなくても身体を休める為、目を閉じて、身体をリラックスするようにと。辛いけど、試してみる。熟睡はしないけどいつの間にか寝たような気持ちになる。最近、校長が自殺をしたり子供を殺したりするのが報道され、目に付く。私と同じような体験をしているからだと思う。心に余裕を持つように努力するべきだと私は努力している。

2006年11月 9日 (木)

こんな時に限って

今日は大阪の帝国ホテルへゆく予定である。
年に一度の(6月〜10月の4ヶ月間の売り上げが優秀な工事店の表彰式)松下電工のセールがあり、うちの会社もその中に入っているから是非に出席をとの依頼が2週間程前にあり、返事を出しておいた。ので、その気になっていた。矢先、電話あり!配達と、昨日確認をせずに取り替えたスイッチの動作がおかしいという連絡を貰った為チョット不安になった。
間に合うだろうか?心配であったが、自分でまいた種、自分の後始末を人に頼むわけにも行かない。けじめの問題である。時間を気にしながらの挑戦です。あせる心、焦っては事を仕損じるという事もある。無理に落ちつくよう努力をする。今、思い出して書いている自分が、滑稽である。
ぎりぎりセーフ。京都駅前の「新都ホテル」で食事をしての出発。観光バスでくつろぎながらの参加となった。

2006年11月 8日 (水)

人の弱み

先日の事である。ある解体現場での出来事。
解体に伴うトラブル。架設工事をした後に職人が要らない電線を撤去し、持って、帰ったことに端を発し、仕事の依頼をした我社にとばっちりが‥‥。そして、泥棒扱いされる始末。起こってしまったこと、今更弁解する気もない、横暴な口の利き方、これにはうんざりした。こんな事に係りを持つことの歯がゆさもあり、いいなりに。法外な金額の提示に驚く。人の弱みに付け込み、言葉を荒げ、聞く耳を持たない、只一方的に此方の「非」を追求するだけ。話し合いに来たのにお話にならない。会社の責任者と名乗るからには、それなりの見識と度量が必要ではないだろうか。大変な損害ではあるが、一緒について来た職人もこれに懲りて、職人なりに考えて仕事に取り組み、軽率な行動をしない事を願う。

2006年11月 6日 (月)

安井小創立70周年祝賀会に参加して

安井小学校創立70周年祝賀会が、4日の土曜日に、全日空ホテルで開催された。「今回の催しは、こじんまりと開催するつもりであったのに、お陰様で出席数が約5割も増え喜んでいる次第です。」開口一番の挨拶で始まり、昭和11年9月1日から今日に至る歴史の紹介があった。初めて、連合会の会合に参加。どのような町であり、そこに住んでいる人たちが何を考え、どのような事に力を入れているのかを知ることが出来たし、人と人との出会いの大切さ、色んな事を学ばしてもらった。これから、この安井で生活をしていく私にとって有意義な一時であった。

2006年11月 2日 (木)

一人暮らしの出来事

息をせきって、町内の婦人が訪ねてきた。給料日の夕方である。従業員に渡す給料を携えていた私。ただならぬ様子に、慌てて専務に渡してもらうように頼み、話を聞いた。
常日頃から、いつも電気を消して、真っ暗なのに昨夜から、今日の今も点きっぱなし、おかしいと想いドアを「ドンドン」と何度叩いても反応がないという。どうしたらいいものかとの相談であった。「一緒に行って貰えますか!」
何とかしなくては、自転車に乗り現地へ、確かにドアに鍵がかかり、明かりが点いている。空いている所は無いかと、必死で探す。台所の窓が開いた。面格子から少しだけ覗ける。
倒れている!警察へ110番。警官が来て、問答。非常事態なので戸をこじ開けてもいいという許可を貰い、店に帰り、バールでこじ開けた。息があるらしい。「良かった」救急車を呼び、事なきを得たものの、一人暮らしの老人の為、近所の方のそれとない監視をお願いすると同時に、話かけと朝夕の挨拶をしていくようお願いいたします。

2006年10月30日 (月)

感動・興奮に涙

最近仕事が忙しく、ブログを書く暇がなかった。
やっと、事務所の机に座り、見積書の整理やタイムカードの点検をしている。
日本シリーズを今回、興味深く見ることにした。最近の野球は、観戦していても胸のときめきを感じることなく、アーアッそうか?と言うぐらい。しかしこのシリーズは違った。
北海道に移しての戦い、ファンと選手が一体となり、球場が揺れていた。優勝のかかった試合は特に素晴らしかった。
ドームの本拠地に移ってまだ3年しか経っていないのに、ファンの一人ひとりが運命共同体のようになり、応援している。呼吸もぴったり。選手もそれに答えようと必死。こんな光景を目にし、自分のおかれている環境を重ね合わせる。
それぞれの思いが一つになっている。何と素晴らしい!”
涙がこぼれ、胸が締め付けられる。誰もが望む最高の舞台。
そして、新庄選手の、野球に対する想い。ファンの為楽しい野球を、また球場へ足を運んで貰おうとの一途さ、自然に演出された最高の劇中劇であったと感動しきりでした。野球を見て興奮し、涙を流す。初めての経験でした。感動をありがとう!

2006年10月19日 (木)

歯の治療

キューン。歯医者の独特の音。あまり好きになれない音である。年をとると、歯のどこかに異状をきたし、歯槽膿漏と診断され、自分の手入れの仕方や、自分の身体に対する思いやりのなさが引き起こした原因であるにもかかわらず、年のせいにする。悪くなったことを悔やむより、「何とかおいしく食べたい。」という欲望と、長生きしたいという願望からか、ついに決断し、インプラントを申仕込んだ。今日がその治療の日。11時〜午後1時まで係り、手術。痛さはないものの、身体は知っている。筋肉が変な所に作用し、足や手に力が入る。麻酔のせいでご飯もうまく食べられないので、昼からは仕事を休むことにした。

2006年10月17日 (火)

段取り

急に仕事の依頼あり。昨日の漏電を点検・改修の約束をしたばかりなのに。どうしよう!依頼先の現場は、京都の北(静市)である。約45分はかかるだろう。2時間仕事して、改修の現場までの到着時間は?色々と詮索する。何とか成るだろう。朝7時過ぎに会社を出た。段取り良く仕事をこなす。
なんとか10時過ぎに着きそうである。約束の現場着。前もって調査済み。頭に段取りを叩き込み、器材を手に脚立を携え、仕事に取り掛かる。順番に電線を手繰る。これだ!
順調にはかどる。電線の交換。改修完了。ホッとし、タバコに火をつけ、一服。慌てることなく、手際よく、営業時間をオーバーすることなく何とか終えることが出来た。
なんでもそうだけど、どの様にしたらうまくいくか。手順は?頭の中でシュミレーションをし、対処する。これが功を奏したと思う。「ヤレヤレ。」次の現場へ向かう。

2006年10月16日 (月)

油断大敵

日曜出勤した夜、「何もないだろう。電話もかかってこないだろう。」自分の都合のいいように解釈し、携帯電話のスイッチをOFFにし、のんびりと寝転んでTVを観、ビールを飲み時間の許す限り、リラックスしていた。
朝、7時に携帯のスイッチが入るようにセットしてある電話機から、留守電のフラッシング。ヤバー。得意先からで、停電して、営業できないというメッセージ。終ったこと、何とかして呉れていることを願い、電話。不通。未だ開店まで時間がある。とりあえず、行くことにした。何とかしのぐことが出来たものの、突然の依頼にも対応出来るようにしておかなければと、反省しきりである。でも、人間だものゆっくりしたい時もあるよ。ネッ。

2006年10月15日 (日)

日曜出勤

昨日、仕事が中途半端に終わり、材料の段取りをし、朝を迎えた。いつもだと若い子が朝早くから出勤していて、物の出し入れで、せわしない音がするが、今日は休みなので静かなものである。日曜日であるが、大工と約束しているので、仕事に出かけた。日曜日は車も少なく道路はすいている。
市役所前を通ると、フリーマーケットの準備で忙しそうに動いているのが見える。息子から、マーケットに入れて貰い、そこそこの収入があったと聞いた事がある。そんなことを思い出しながら、現場へ。大工と二人だけなのでのんびりしたもので、仕事も進む。お昼は、いつもは弁当を持ってくるけど、日曜日なので外食である。現場が料理店なので、お客として注文。顔なじみなので、サービスしてくれる。嬉しい!
チョット贅沢な気分になった。仕事していてもこんな楽しみ方もいいものである。

2006年10月13日 (金)

共同募金

共同募金の活動が始まる。町内会長としての役の分担があり、隣町の会長が当番に当たったらしい。皆忙しいので一人で回っているとの事。「ごくろうさまです」と声をかけ、募金に協力。責任者になると大変である。11月6日迄にやればいいようなものだけど、すぐに時間は費やされ、気がついてバタバタする。良くあることだ。今の自分に当てはめるとよく分る。私はよく人から、「あんたは酉年と見えてバタバタ貧乏だね」と言われ苦笑いをする。世間では、「いざなぎ」以来の最長記録と言われるが、実感がわかない。世間一般にそうであろうと感じる。そんな中、共同募金に走り回る役員さん、ご苦労様と言いたい。

2006年10月12日 (木)

健康が一番

8日の日曜日、碧南の弟の見舞いに行く。
当日は、連合会のバレーボールの試合が開催されていた。にも係らず、昼から出発した。試合のほうは、副会長にお願いし、何かあったら連絡していただくよう頼んでの出発である。早速に電話あり試合の結果は優勝したとの事。打ち上げをするということなので、寸志を立て替えて出していただくようお願いし、名古屋へ。肝硬偏を患い入院している弟。
どんな状態か心配していたが、顔色も良くなり、むくんでいた顔も腫れが取れていたので安心した。風の強い日で、病院の中まで木の葉が入ってきて廊下に散らばっていた。病気はするものではない。健康が一番である。人事のように思っていた弟。
入院を繰り返しているうちに、自分というものを見つめられるようになり、人の話を利く耳を持つようになった。働くことに命をかけていた弟。自分中心にしか物事を考えられなかったが、やっと同じ土俵で話しが出来るようになり、一安心。妻と二人で、「よかったなあ!」とうなずきほっとした気持ちで帰路についた。

2006年9月25日 (月)

総合優勝

青空の広がる日曜日。安井学区の区民運動会が、開催された。今年は、小学校開校70周年の節目に当たるらしい。朝、6時50分。お借りしている備品倉庫前に前年度の優勝旗・優勝カップ・町内旗を軽トラックに積んで集合。
町内テントの設営の為の備品運びである。
今年も総合優勝をかけて、体振の町代表が総力を挙げて人集めに奮闘していただいた。自治会長として、町内の皆様と接する最高の機会である。町対抗の競技に興奮し、声も枯れ、手も痛い。中間発表で1位。いけそう!私も綱引き、ゲートボールに参加。共に楽しみ、ひとりの町民となり、頑張った。
興奮の連続のうちに運動会が終了。結果発票の結果。わずか
0.5ポイント差で総合優勝を勝ち取ることが出来た。
二年連続の快挙である。興奮冷めやらぬうちにと、その日の夜6時より打ち上げのパーティを催すと、嬉しい笑顔が広がった。いい酒をありがとう。本当にご苦労様でした。

2006年9月23日 (土)

リナ

リナというのは孫の名前である。9月3日に自宅に帰って行った娘と孫。暫く会っていない!今日は秋分の日。会社の休日‥‥。一度見に行こう。犬でも3日飼えば恩を忘れないという。長いこと接してきたのだから、いかに5ヶ月の子といえ、忘れることはないと信じ、妻と出かけることにした。
雲ひとつない青空。道中の淀川河川敷には、彼岸花がさいていて、秋の風情を感じさせる。娘の家に着くと、孫は寝ていた。私のうちに居ている時と同じように孫を抱き上げ、起こした。私の精一杯の気持ちである。「ニコッ」と眠いまなざしの中笑顔で答えてくれた。覚えていたのだ。嬉しくなりあやすと、声を上げて笑う。私も人の子。何度も何度も抱き抱え孫と遊ぶ。短い時間であったが、今日一日が充実した一日となった。

2006年9月22日 (金)

喫煙

最近「タバコを止める!」この様な宣言をしてしまったものの3日と持たない。外に出て隠れてすう始末。優柔不断の自分に愛想が尽きた。そうは言うものの我が身、自分で自分を切るわけにも行かず、自問自答している。
家族も「あきれてものも言えない」という顔をして相手にもしてくれない。迷惑な煙さえださなければいい。自分に言い聞かせ、ベランダで吸うようにした。ベランダには、花を植えた鉢が並んでいる。その中に、他所で貰って植えたという遅咲きの朝顔があった。細いツルを必死で伸ばして今では竿かけの所まで伸び、ここ一週間で10以上の花が咲き、散っていく。
不思議なもので朝顔の花はみんな太陽のほうへ向いて咲いている。ベランダでタバコを吸うようになってから、ベランダでしか味わえない景色や、人の動きが目に留まるようになってきた。

2006年9月15日 (金)

Eグループ

昨日、Eグループの全体会議が開催された。
出席者少なし、これから多様化するであろう電気業界、その発展になくては成らない存在となるべきなのに、悲しい事である。中心者の存在かんのなさ、やるきのなさ、これでは、発展もしないし、弾みがつくはずもない。うまく機能してこそ希望が持てるし、人も寄ってくると思う。
新体制で業界になくては成らない存在にと、希望する。そして仕事を取ってきても、頼める所がある。と、信頼の輪が広がり、信用と安心感がえられるように努力していき、先の見えない現在に、希望の星となってほしい。

2006年9月13日 (水)

誕生日

今日・13日は、私の誕生日。生まれてこの方61年を経過した。長いようで短い、アッという間の一年一年であった!先日の9月9日、梅津中学校役員OBの会(九重会)が四条大宮のアークホテルで開催された。会を重ねること30回目の節目にあたり、大勢の参加があるものと思っていたが、初代のPTA会長・校長を筆頭に懐かしい人達の姿はそこになく、寂しさを感じた。それでも話題は尽きず、旧交を深めることが出来、記念の写真に納まり、散会した。
この現実と同じように、仕事においても、人間関係においても寂しい面が多々ある。何とか充実した毎日が送れるように
努力し、明日への希望を見失わないよう日々精進あるのみと、考える。小さなことに、惑わされることなく、将来、社員全員が、アイダ電機で働いて良かったと、言われる様な会社にしていかなくてはいけない使命がある。61歳の誕生日を新たな出発点としていきたい。

2006年9月 5日 (火)

寂しさと希望

残暑は厳しいものの、空気の流れは、秋の気配が日に日に感じられるようになってきた。夜になると、虫の音も聞こえる。
朝、目が醒めると肌寒さを感じ、身体がブルッとする。
9月の声を聞くと、頭に浮かぶのが、芸術の秋・文化の秋とは言うものの、中々、その気分になれないでいる。
 何故かなら、里帰りしていた娘が、孫を連れて帰ってしまい、孫の鳴き声、表情豊かに見せる笑顔もないからである。
色んな事情があり、帰って来ていた娘。和解し、再出発することになり、娘なりに必死で考え、出した結論。親の気持ちとしては、難しい局面にたたされ悩みもした。しかし、世の中が殺伐としている中に在って、一歩前進の決意をしてくれたと、共感もし、拍手を送りたい気持ちでいる。妻は心配をしているようだが、それも人生と思い、娘に委ねなければいけないと思う。親子三人が協力し合い、和楽の人生を送って欲しいと願うのみです。

2006年8月29日 (火)

無駄な日曜日

日曜日。会社は休み。日曜日にしか時間が取れないお客様。
事業主として、お客様が大事。いつもの時間に、客様の家へ
と急いだ。からりとしたいい天気である。エアコンの修理の為の訪問である。仕事にかかったものの、えらいことです。
ガスの種類が違っていた。持ってきたのが、フロンR22。
環境問題で代替フロンR401Aの新機種に変わっていた。
どうしよう!あちこち電話するが、持っていないという。
しょうがないので、次回の約束をし帰ることにした。
次のお客との約束があるので、車を走らせた。
地図を頼りに探しに探し、やっと見つけたと思いきや、留守。最近は、セキュリティが行き届いているので中々入ることが出来ない。テンキーの部屋番を何回も押す。返事なし。
携帯に電話。通じない。折角の日曜日。一つも仕事をこなすことが出来ず、「骨折り損のくたびれもうけ」。
頭にきて、パチンコ。ついていない時は尾を引くもの。
負けて、しょげ返って帰途に着く。アーア!ツカレタ。

2006年8月26日 (土)

テレビで放送された

8月24日。京都府電気工事工業組合が、毎年、8/1〜31日の「夏の電気安全月間」の取り組みとして、一人暮らし老人宅配線診断を、支部を中心に各地区が、消防署のご協力を得、展開している。この日、右京消防署へ9時集合して、署長のご好意で出発式が行われることになっていた。
所がである。今日、テレビの取材が来るから、署長室へと案内され、インタビュウーを受けることに。「寝耳に水。」とはこういう事だと初めて知る。流れが変わった。カメラが入り、緊張が走る。署長のご好意で、署員の整列の中、二班編成の組合員を拍手で送り出していただき、訪問先へ。カメラが回る中、作業に取り掛かる。その模様が、昼前のKBS/T�のトップニュースで15秒間も取り上げられ、参加した組合員に感動が走る。暑い中汗をかき、頑張ってきた、今までの活動が報われたようで、皆の勲章として、地区長として、最高の思い出が出来たと喜んでいます。

2006年8月20日 (日)

地蔵盆が終わった

19日・20日。2日間に渡って行われた地蔵盆の行事が今日終える事が出来た。自治会長としての正念場の勤めである。
第1日目は、雨の心配をし、非常時に備え、映写を担当していただける方と、会場提供者への連絡。少補の責任者との連携。雲行き明るさを増し。チョットの雨、安心の太鼓判。やっとの思いで、夕方6時より、映写会の設営を行う。第2日目は、朝7時30分から、テント貼り、お地蔵さんの鎮座、お供え、子供たちの遊び場作り、スケジュールに沿って、気の抜けない気配り。本当に落ち着く暇がないほど動きに動き、テンテコマイの行動。シャツを何枚も変えないと追いつかない。175所帯の福引の景品・老人会のお菓子の寄せ集め。今までの会長の苦労が、こんなにも大変だなあ、と言う事が良く分った。最後の挨拶として、「お世話になった組長様・関係して頂いた役員様、本当にご苦労様でした。大成功の内に無事故で終えることが出来。こんな嬉しい事はありません。いい経験をさせて戴き、本当に一生の思い出になりました」と、お礼を申し上げ、散会。その後、ご迷惑をかけた三軒両隣への挨拶も忘れず、三役で周り。無事終了することが出来た。身体はへとへと、それでも充実感はあった。短くて、長い1日でした。

2006年8月17日 (木)

休み明けの現実

お盆休みも終わり、今日から仕事。休み明けというのは、中々厳しい面がある。溜まっていた仕事が、噴出したように私を追いかける。打ち合わせ、身をもって仕事に従事。
今日は、蒸し暑く窓は締め切られている。シャツに溜まった汗が身体を覆う。シャツを脱ぎ、思わず絞る。水の中に入って仕事をしているみたいに、水となって床に落ちる。気持ちのいいものではない。あせる気持ちと、次の仕事の段取りにとパニック状態になる。仕事をやめるわけにはいかない。
気持ちの整理をしながら、1日1日をこなすだけである。
また明日も頑張ろう。

2006年8月16日 (水)

大文字の送り火

8月16日。大文字送り火。午後8時、左大文字に点火。順番に船形・妙法・右大文字・鳥居と点火される。
毎年、屋上に上がり、京の夏の風物詩を楽しむ。2年ほど前までは、毎年、従業員・仕事仲間・友人・家族で楽しんだものだ。最近では、折角の休みに、わざわざ出て来て貰うのも気の毒に思うようになり、中止にした。生ビールを飲み、料理を楽しみながら、右と左の大文字しか見えないが、それなりの風情があり、来てくれた人たちも感動して帰っていってくれたものだった。それなりに、気を使い、一生懸命頑張って、もてなしたつもりであったが、負担に思うような人が出てきたのも確かであった。それで思い切って止めたわけである。再開して欲しいという要望があればまた復活してみたいものだ。

2006年8月14日 (月)

お盆休み2日目。

お盆休みの2日目。貴重な休み。朝から町内の掲示板、2箇所へのポスター貼り。昨日の草むしりの処理。朝から動ける時間を有効に使おうと走り回る。孫が遊びに来ているので、その相手もしなくては成らない。空いた時間を、
上海で買い物をした、大きなお土産の陳列。(社員旅行で、博物院の民芸品を買った品物が昨日到着し、疲れた
身体で荷解きをし、そのままにしておいた。中身の梱包をやっと並べた。)2時からの告別式への出席。高校野球も気になる。帰ってくると試合は終了。結果だけが分ったので、夜の熱闘甲子園で内容を見ようと思う。きょう1日だけは、空いた時間を休息の時間としたい。

2006年8月13日 (日)

大行灯に灯がともる

8月も半ばになり、お盆に入った。今日から、お盆休みです。しかし、休むことの出来ないのが、自治会長。
訃報の回覧。地蔵盆の段取り、夕立があり、どうしようと思いながら、決めたこの日の12日の午後4時より大行灯の設置をした。三役・少補が中心となり、町内の一大行事を成功させようとの思いが結実し、見事に大行灯を3メートルの高さに設置することが出来た。私も、大きな汗をかき必死で陣頭指揮をし、自ら携る。じっとしていられない。
職人の悲しさ、社長といっても、生身の人間。率先垂範。それがいいのかどうかは分らない。頑張る姿が、印象に残ると思う。電球を配線し、大行灯が点灯した。ホッとした。今日は朝の8時から、空き地の草むしりである。大事な行事の成功めざし、只、前向きに頑張るだけである。「心こそ大切なれ。」

2006年8月10日 (木)

立秋となったが。

暦の上では、立秋。本格的な夏の到来!
遅い梅雨明けのお陰で、エアコンの売れ行きは悪かった。
梅雨が明けると同時に、猛暑である。エアコン無しではいられない。「いままで使う事がなかった」エアコン。おもわずリモコンのスイッチを入れた。利かない。水漏れがする。
メンテの仕事も承っているので、急を要する仕事にテンテコ舞。時間に追われ、昼飯を食べる暇がない。
因果な商売だなあ、とつくずく思う。車のハンドルも触れないほど熱い。旅館・チャペル。異常な暑さに、室外機までもが、トラブルを起こす。それの対策に追われる。お盆も近づいているのに何かとセワシない毎日である。明日はどんな対応をしなくてはならないか、楽しみでもあり、心配でもある。また、明日も忙しい。

2006年7月31日 (月)

一枚の名刺

世の中には、不思議なことがある。土曜日の昼間、電話が在った。かれこれ15年程になろうか、仕事や、個人的なお付き合いをしていた方で、退職をされ、疎遠になっていた。
突然の便り。エアコンの調子がおかしいから見て欲しいとの依頼である。良く覚えていてくれていたものと感謝し、懐かしさと嬉しさに、仕事をすぐさま切り上げ、記憶を頼りにそのお方様の家へ向かった。何ということでしょう。知人は、帰らぬ人となっていたのです。一枚の名刺を探し当て、電話をかけたけど繋がらない。居合わせた孫がパソコンで探して呉れたと言うのです。普通なら諦めて、他所へ頼むのが普通。引き合わせと言うか、故人との縁の繋がりが、私を引き寄せてくれたのだと。胸が熱くなりました。精一杯のことをしてあげるのが故人に対しての供養と思い、「商品が入り次第、すぐにでも取替えをします。」奥様に鄭重にご挨拶申し上げ、31日の今日。仕事を終え、お金を戴く時に、今迄のいきさつを話して下さいました。お葬式に見えた娘様親子は、北海道へ朝のうちに帰られたということでした。お孫さんの
お陰で、私を引き合わせて戴き、感謝しています。ありがとう御座いました。故人のご冥福を心からお祈りいたします。

2006年7月25日 (火)

嬉しいこと

嬉しいことが二つあった。孫が私の顔を見ると、笑顔になり、嬉しくなり、抱きかかえると無邪気なもので、何も分らず声を上げて笑うのです。母親の顔を見ても声を出してまで笑わないのに、何故か私にだけには、澄んだ瞳をうるわせながらケラケラと声を出して笑ってくれるのです。本当にビックリです。周りの空気が変わったように全員が釣られて笑い出す。平和だなあ。チョットした仕草がこんなにも和やかな雰囲気が出来るなんて、嬉しい限りである。
もう1つは、同じ考えを持つ人に会えたことである。
意見が合うということと、フイーリングが自分の感性に共鳴すること。「これが大事だなあ」と自分自身が大いに納得できる時、変な満足感にひたれる。人生長いけど、いろんな経験をしながら、前向きに生きたいものすね。

2006年7月24日 (月)

今日のピリオド

月曜日が過ぎ、火曜日になった。相変わらず雨が降る。
どうなっているんだろう。今世紀始まって以来の雨の大群。
各地に被害の報道。TVの報道に嫌でも目に付く映像の数々、
じつっとしていられない状況を目にする度に、憂い悲しむ日々。このような時代が訪れようとは思いもしなかった。
温暖化が進み、気象の変化の異常をきたているのだろうか、
物凄く不安になってくる。そろそろ解消して欲しいものだ。
世間じたいが、何が起こるか判らない時に、何とか解決の糸口を見つけないと大変なことになるのではないかと心配する
この頃である。最近目に見えない何かに弾きつけられていくような嫌な気分になるときがある。私だけなのだろうか。

2006年7月23日 (日)

嵐山にて慰労会

21日の金曜日。嵐山の料理旅館にて、現場が一段落したのを受け、を慰労会を企画し実行に移しました。
昨日からの雨で、保津川くだりで有名な桂川、氾濫寸前の激流に変わり、渡月橋を渡るその景色たるもの恐ろしさに変わっていた。川の水は音を発し、渦を巻いている。
夕方には雨も上がり、傘をさす事もなく、料理店へ。
社員を含め、15人。ドタキャンがなければ17人。事情が何であれ、欠席は良くない。ましてや、現場の担当者がである。私に連絡もよこさない。腹を立てても仕様がないが、気持ちの問題ではなかろうか。
それはそれ、皆はよく食べ、よく飲む。日頃のウップンを食事に当てているように、でも、いい笑顔で、盛り上がり、時間の経つのも忘れ興じた。明日からの活力になれば、幸甚である。

2006年7月16日 (日)

生まれて初めて宵山に行く

午後3時頃、夕立に遭う。日曜日の3時に、「オール電化にしたい。」というお客様を尋ねて下見に行った矢先に突然の雨。
今日は、祇園祭の宵山の日。折角、着慣れしない浴衣を着て
鉾を見ながら、闊歩しようと、若いカップルがいるだろうに残念だろうな。と、思いながら、お客と話を交わし、下見をする。帰り際に雨もやみ、ホッとした気分になる。
実を言うと、この年になるまで、宵山に出かけたことがない私。今年は、絶対に参加しよう。この目で、この体で,三大祭を楽しもう。と、決めていた。女房を連れ、出かけた。
御池〜四条まで烏丸通りが、歩行者天国。両脇には、屋台の行列。縁日を知らない子供が、きん魚すくいに夢中。懐かしさについ屋台を覗き込み、串焼きをほおばる。常は4車線の道が、人。人。の波。川の流れのように北へ、南へと分かれて行き交う。四条通りに出ると、鉾を囲むように人垣が、そして提灯が、鉾を荘厳している。囃子を奏でる若衆たち。
生まれて初めての経験をし、しっかり、魅せられてしまった。

2006年7月12日 (水)

祇園祭もまじか

堀川四条から烏丸にかけて車の渋滞が続く。
つい忘れて、大宮通りを抜けて堀川通りを超えた所で、「しまった」鉾の組み立てが行われているのに気づくき、西ノ洞院を北上して御池通りから三条を経、祇園の現場へと向かう始末。四条通りには、祇園祭の花形、長刀鉾がビルの谷間から顔を出し、祇園祭が本番間近にきていることを知らせている。その割には、夏本番の暑さがない。寂しい限りである。
宵山には、京都中から集まり、祭りを楽しむ。会えない人にも、この日に会えるといわれるほどの賑わい振りである。
夜の歓楽街、祇園町も、宵山、宵々山には沢山のお客で、満員の盛況。一人なら何とかクラブに入れるが、お得意様を連れて行こうものなら、中々場所がとれない始末、予約を早い目に入れておかないとひどい目にあう。そんな経験もした。
お祭り好きの京都人。罪がなくていい。

2006年7月11日 (火)

笑顔

丸々と太った顔に、小さな目、小鼻が、ほっぺとほっぺの間からちょこんととびだしている。生まれて4ヶ月。かわいらしく、けがれのない顔に、つい顔がほころぶ。
覗き込むと、ニコッと笑顔で迎えてくれる。嬉しくなって、抱き上げると、声を出して笑う。つい、つられて笑ってしまう。小さいながらも、自分を好いてくれる人が判るのか、笑顔で答えてくれる。孫の笑顔を見るのが、毎日楽しみである。仕事の疲れも吹き飛んで、笑顔の絶えない一時を送ることが出来、清涼感を覚える。不思議だなあ!今まで、吾が子に、このような気持ちで接した事があっただろうか。生活に追われ、振り向くことがなかったのか、余裕がなかったのか、分らない。でも今、現実に癒されているなあと感じる。

2006年7月 9日 (日)

梅雨明けが遅い

7月8日(土)7時30分。第2回町内会開催。
安井自治会は25町内で構成されている。近くに「ふれあい
文化会館」があるが、右京区全体が、この時期に総会を持つ為
中々会場が借りられない。我が家を会場として提供することになった。町内のことなので、全員参加。体振・少補の町代表
も含めての30人の参加。8月19日・20日の地蔵盆の取り組みについての協議を行う。子供の祭りとして、喜んでもらえるイベントにしようと、過去の実績とにらみあい、老人会にも配慮した計画を練る。会場はチョット窮屈であるが、組長さんにもお手伝いと、寄付金のお願いをし、散会した。
梅雨明けもせず、7月を向かえ、あと3日もすれば、日本三大祭りの一つ・祇園祭が始まる。暑い夏の訪れを待ち望んでいたが、無理のようである。うちらの業界では、エアコンの需要は、祇園祭までといわれる。見込み違いでエアコンが在庫
品となりそうである。残念!。

2006年7月 6日 (木)

嬉しかったこと

ホームページより引き合いが合った。
見積もりをして欲しいとのこと、昨日アクセスがあったと、喜んでいたのが現実になったわけです。Eメールでの申し込み。そしてFAX。早速、コンタクトを取る。
会える日と時間のセットをし、現場での立会いに。
見積もりは机上で出来るものもあれば、出来ないものもある。私自身は、現場で慎重に取り組み、喜んで貰えるような仕事が出来るように思索し、見積もりをするように心がけている。初対面であれ、ネットを通じての依頼である。
要望を聞き、対応もスムーズに行く。不思議なもので、何か通じるものを感じる。どんどん引き合いがあればいいなあ。
エリアの違う人との対話が出来、仕事に幅が出来る。こんな嬉しいことは無い。

2006年7月 4日 (火)

初めて統計を見た。

きょうは、朝から太陽がまぶしい。昨日のドシャブリは何なのだ。一人つぶやく。しかし、久しぶりの爽やかさに、心も弾む。珍しく事務の女の子。「こんなデーターが出てますけど」ホームページのデーターを開いてくれたらしい。
結構、訪問者がある!ホームページを開設したものの、流れが判らない。折角開設したのに、どうなっているのかが判らず、苛立っていたのは確かであった。ホッとした気分である。最近。「ブログ見ているで」と、言う声を聞いていたが、現実には判らなかった。安心した。いろんな人が私のブログを開いてくれていると思うと、責任みたいなものを感じる。が、自分は自分と割り切って、楽しんでいる自分に満足。明日があるさ。

2006年7月 3日 (月)

5分、5分の1日。

最近、祗園での仕事が多い。嬉しいことである。
エアコンの入れ替えを1台、注文をうける。
ルームエアコンと違い、人工(にんく)と手間の掛かる仕事で、危険と隣り合わせである。祇園町は、道幅が狭く、おまけに電線が、くもの巣のように張り巡らされ、レッカー車が入る余地が無い為、人力で屋上迄運び据付ると同時に、撤去もおこなう。中々大変な仕事である。何事も、呼吸が大事。
如何せん、屋上も配管だらけ、配管の隙間を狙い、足の踏み場を作る。商品に傷がつかないように、それと同時に、他の配管を損傷させないように、最深の注意が必要。
何とか入れ替えが、スムーズにいき昼迄に終わることが出来た。昼からは、近江八幡迄、コンセントの増設に行く事になっている。ところが、現場に着くや否や夕立に遭い、休憩。
総てが、うまく運ぶ訳にはいかない。今日の私の運は5分、5分という所かな?。

2006年7月 1日 (土)

自治防災会の研修

今年の梅雨前線は、沖縄の集中豪雨に始まり、九州各地に多大な被害をもたらした。幸いなことに京都地方は、お陰様で、何の被害にもあうことなく、長雨に泣かされる事も無く7月を迎えた。京都の地の利に感謝する。今日から、自治会の行事が始まる。手始めに、自治防災会・部長・副部長研修会である。町内の防災のあり方、心構えを研修することになると思う。慣れない仕事を手がけるにふさわしい研修だと自分に言い聞かせて参加しようと思う。

2006年6月30日 (金)

アスベストの講習に参加

1昨年以上も前から、社会問題として大きく取り上げられるようになり
保障問題でも、久保田工業が全面保障すると発表し、注目を集めた、アスベスト騒ぎ。法律化され、石綿の撤去、取り扱いの為に石綿作業主任者制度が設けられた。
そのための講習が、29〜30日の2日間行われる。
人気があるのか、どうしても防止ししようとの想いか、それとも今の内に、今こそ取りに行こうとの想いか、はたまた
仕事に生かそうとする人、会社ぐるみで取り組み、受験させようと、する行動なのか、申し込みが殺到していて、3ヶ月目に受けることが出来、参加。何事も挑戦である。必要なものは総て取っておこう。と、思っている。

2006年6月28日 (水)

出会いを大切に

自治連合会の会合が開催される。右京区長・警察署長・消防署長と颯爽たる面々のご来賓であった。安井連合会は、格の高さ、期待度が大きい所だと認識を高くした。
私も初の参加で戸惑いを隠せない状態である。席についても知らない人ばかり、安井に籍を置いて7年。ここでの出会いを大切にしようと、隣の席の町会長に早速コンタクトを取った。大人になってからは人と人との対話が難しいが、同じ気持ちを持っているせいか、中々入り込めないと思っていたけれど、スーッとスムーズに話が弾んだ。出席した甲斐があった。懇親会が始まり、和気合い合いと酒を酌み交わし、次の出会いを楽しみにしよう。と、約束を交わすことが出来た。

2006年6月27日 (火)

名神での恐怖

見積もりしていた仕事がようやく決まり、奈良の柏原へ、朝早く出発。‥‥雨。嫌な予感。名神高速の桂川サービスで待ち合わせ。8時過ぎに同行のペンキ屋さん。待ちくたびれたが、雨の名神に乗り現地へ。雨脚がきつくなっきた。制限時速50キロ、渋滞。9時、現着。間に合いそうにも無い。同行のペンキ屋さんから電話。お互いに焦りが。先様に連絡をとり
何とか急場をしのぐ。雨はきつく降る中の行軍。西名阪に入ると一段と激しさを増す。私の車は軽のバン。大型のトラックが走り抜ける。大きな水しぶき。前のフロントガラスにたたきつけられ、前が見えない。恐怖を感じて車を止めそうになった。前の見えない恐怖。どうなるんだろう?慌てて左車線へ、アーアー怖い。「フーッ。」思いっきり息を吸い込んだ。こんなことは2度と味わいたくない。そう思いながら現場到着。仕事は、スムースにいった。

行事に参加

6月24日。町内三役と体振・少補の町代表による会議を行う。いよいよ京都恒例の地蔵盆の打ち合わせである。京都では、大文字の送り火が終わり、先祖の供養が終わると、子供の為のお祭りが始まる。これは欠かせない、町内の大きなイベントである。会長になっての大きな仕事の一つです。会議が終わり、明日の行事の話が出た。町内対抗ソフトボール大会が開催されるというのである。うっかりしていたのか、連絡が無かったのか資料が無い。今更知らないともいえず、会長として参加しない訳にもいかない、朝起きると曇り空、「危ういなあ」と、懸念しながらも自転車に乗り、グランドへ。
1回戦が始まっていた。知らない人ばかり、次の試合迄間があるので校門の前で一服。うちの町内の選手、役員がやってきた。2回戦からの出場。やっと、輪の中に入る。
試合が始まる。強い。うまい。自慢できる素晴らしさ。
手が痛くなるほど応援。優勝候補を負かし、決勝戦へ、この調子でいけば優勝も。期待に胸が膨らむ。祝勝会の段取りをしよう。声をかける。残念にも敗れた。終わって、足洗い。
和気会い合いと、ビールを飲み語りに語り、大きなふれあいの場となり、これからが楽しみになった。本当にご苦労様でした。

2006年6月24日 (土)

安全第一

昨日迄の失敗を取り返そうと、3人でローリングタワーを組
み、安全の為にアウトリガーを取付け仕事にかかった。
どんな玉がつき、何本要るのか判らない、2種類の40W蛍光灯2ケース用意してきた。見事に的中。2度手間にならず事なきを得た。有に5メーターはある。建築現場での事故の第1位は墜落事故である。慎重に、慎重に取り組んだお陰で無事終了。ホッとした1日であった。

2006年6月23日 (金)

思い込みの怖さ

きょうは、祗園町での仕事。平成の好景気といわれながら、中々、私共の所へ反映されないのが現状であるが、祗園町にはその流れが来ているのだろうか?空き室がが詰まってきているようだ。有難い事で、内の会社にもお陰様で仕事が舞い込んできた。その一方で見積もりチョンボをしてしまい、又、いかな無ければならない。仕事の内容をよく聴いていなかったようである。思い込みとは怖いものだ、見える所は理解できるが見えない部分でのチョンボだから仕方ないかと、自分に恥ながら、自分を戒めている。それはそれできちんとこなし、喜んでもらえる仕事が大事。高所での仕事なので3人程で
明日行くことにした。

2006年6月22日 (木)

一番大事なもの

社員旅行も終え、一段落。というわけには行かないのが世の常である。前もって連絡してあるから、事なき様に終えたものの朝から電話。応対しすぐさま飛び出した。
有難いものだ。いいお客に恵まれている。お客あっての私たちの世界。これからも可愛がって貰うと同時に、大切にさせて頂きたい。

2006年6月21日 (水)

社員旅行パート2

光の織り成す競演と高層ビルのライトアップを脳に焼き付けられた次の日、三国志の舞台となった、蘇州の観光へ。
虎丘の斜塔。(レンガつくりの塔が15度に傾き、現在少しずつ傾いているという。)30度の暑い中を、寒山寺の鐘。世界遺産の「留園」と歴史を感じるにふさわしい場所を見学。
蘇州を後にしたバスの中、参加者15名の全員。熟睡。
再び上海へ。食事の後、上海雑技団の中国3千年の妙技を見学。若くて伸びのある素晴しい演技と、円球の網の中を5人のバイクライダーによってスリリングな人間業と思えない素晴しい運転捌きに我を忘れ拍手した。今回の全日程を終了。
買い物も終え、明日は母国日本へ。今回の旅行を通して考えるとき、帰るべき故郷があること、観光できる環境を作れたこと、社員と共に頑張ってきたこと、また明日への希望が持てたこと、だと思った。みんなに感謝。

2006年6月20日 (火)

社員旅行パート1

17日(土)。関空13時15分発、CS922便・中国上海行きに乗り出発。不安と期待を胸に機上の人となる。外国の地に足を踏む。社員の殆どが初体験。入国手続きの書き方が判らず、右往左往、係官に「ウエイト」と呼び止められ、中々入国出来ない始末。良い体験が出来た。と、私は喜ぶ。
空港から、リニアカーに乗り上海へ、観光バスに乗り、1日目のスケジュールが開始された。観る物も初めて、聞こえてくる言葉も初めて、驚きと感動。伝わらない空しさ。夜の観光は、上海のテレビ塔を中心に織り成す、光の演出。高いビルから放たれるライトアップ。圧巻である。クルージングを肌で感じ酔いしれた。ホテル着、夜の11時・チェツクイン。強行スケジュールで疲れたものの明日への期待が楽しみで、そんなに苦にはならない。2日目の朝は6時起床。

2006年6月15日 (木)

理事になって

ホテル京都グランビア。京都駅の中に、伊勢丹と隣りに位置し、。エスカレーターで上ってゆく、駅の中の建物。初めて訪れたが、床面積の大きさ、空間の広さに驚かされた。
理事会が開催される会場である。6年ぶりに理事として復帰
し、初めて参加する。終了後、歓送迎会が開催されることになっている。知っている人もあれば、知らない人も沢山いる。今日から理事として頑張らなくてはいけない、と思うと緊張する。今年61歳になるので、自分自身にとってのひとつの区切りになるから、と決意し立候補した訳である。人の役に立つ仕事をしよう。自分の歴史に残る仕事がしたい。
これが本音である。

2006年6月13日 (火)

ワールドカップ

サッカー・ワールドカップ。日本対オーストリア戦が9時50分に笛の響きとともに開催された。先制点「1」をあげたので、もしかしたら、勝利出来ると確信したが、残念にも負けてしまった。‥‥が、嬉しいことがあった。ワールド・カップをお客さんに見て貰うからと液晶TV32インチの注文を受けたのだ。有難い事だ.店の開店時間に間に合わすため人の手配に追われた。
人間おかしなもので、ちょっとしたきっかけで、つい気になって観てしまう。買って頂いたオーナーとのコミュニケーションを作ろうと考えてしまうからだ。恥ずべきであるが何かに興味を持つことは大切だと思う。

2006年6月12日 (月)

試験が終わった

終わった。6月11日、課題の一つであった、電気1級施工管理士の試験が、寝屋川
市にある大阪電気通信大学で行われた。午前・午後の二回試験があり無事終わった。試験の結果は判らないが、やるだけの事はやった。帰るなり、ビールで喉をうるおし、自分にいいきかせた。「一段落ついたな。」ほっとしたのか疲れがたまっていたのか寝てしまった。今日は空に太陽、青空の広がるいい天気である。

2006年6月10日 (土)

課題

親睦旅行も終った。さて、今度は、6月11日に大阪で行われる1級施工管理士の試験勉強である。7日に試験前講習があり天満橋へ、午前中は模擬試験。昼から解答。さすがに疲れからか眠い。必死に成ればなるほど眠い。テストは、まあまあであった。それでも不安である。次の日、旅行中にかかって来た仕事をこなす。急を用する事ばかりで「すみません‥すみません。」の連発であった。今日は町内の三役会、果たして明日の試験、大丈夫か心配になってきた。時間を作り、取り組み、悔いを残さないようにしたいものである。空は、どんよりとした曇り空、私と同じか‥‥。

2006年6月 9日 (金)

長崎旅行

5月31日から6月3日迄の福井出張、6月4日から7日までの親睦旅行。続けてのホテル生活には疲れた。仕事で疲れての得意先の旅行。憂鬱になったが、それでも旅行は楽しむように心がけた。長崎・ハウステンボス。海に囲まれたオランダ村、舟に乗り、クルーズ。展示館見学、再び、くることが無いかもしれない。一期一会という言葉があるように何もかもが新鮮に受け止められ、仕事の疲れも少しは和らいできた。
今年の旅行は宴会がなく、フリーの食事。気を遣うことも無く観光に専念できた。次の日は蝶々婦人で有名なグラバー邸。修学旅行以来46年ぶりである。長崎県育ちの私。空気がなんとなく懐かしく、思い出に浸り海の景色を、そして代わり行く近郊を眺めた。くつろげたし、旅行に参加してよかった。


  嬉しいな 紫陽花と海に 故郷あり

2006年5月30日 (火)

世の中うまくいかない

うまくいかないのが世の常である。予定していた仕事が急に速くなって、明日、福井へ来て欲しいとのTELあり、急な変更に戸惑う。総てが狂ってしまった。給料の段取り、仕事の手配にと追われてしまった。相手はそんな事など無頓着。月末でそんな余裕など無いことを知って欲しいものである。そして又、急に機械が故障したとTELあり。走った。お得意様が大事。何ということでしょう、油が漏れてスイッチがアウト。材料探しに卸やさんを次々に探し回りやっと間に合わせたものの作動しない。時間に追われ、人に助けを求め何とか収まった。次から次へと問題山積である。世の中そんなに甘いものではないことを承知で、ぼやきながら書いている。ブログは、こんな時に役立つ。人に話が出来ないことを書ける。明日は朝6時出発。2〜3日ブログがかけないが帰ってきたら、色んなエピソードを披露出来たらいいなあと思う。

2006年5月29日 (月)

心にゆとりを‥‥

悲しい時代に成って来た。地震・子供放置・子供殺害‥‥。
どうなって行くのだろう。心配である。心が痛む毎日である。それと同時に心の通わない、というか、自分さえ善ければ善い。他人の事等にかまってられない、寂しい世の中になっつてきた。会社の中でもそう感じ取れる動きを見る時、一抹の寂しさを感じ、会社を経営するのが嫌になる時がある。
考えすぎなのだろうか。先日、芸能プロダクションのカリスマ渡辺晋のインタテーメント劇、ザ・ヒットパレードを見た。本当の人間のあり方を、生き様を見たように思えた。
彼の様に素晴しくカリスマで雲の上的な人物では無いけど、自分と重ね合わせて考える時、涙が止まらず一人述懐した。何の為。今生きているのか、どうしたらいいのか。こんな事を考えるのがおかしいのかもしれない。心にゆとりを持たなくてはいけないなあ。一人考える。

2006年5月28日 (日)

最後の議長職

「おのこ(男)やも 虚しくあるべき 萬代に 名は立たずして‥‥‥」万葉歌人・大伴家持の歌である。
中学の時習ったこの歌がいつまでも記憶に残っている。
男として生まれてきたのに世の中に名を残すことが出来ない虚しさを歌ったものだ。自分と重なる。先日の議長も最後となった。何故か。総代から理事になったからである。
終わった時、知人・友人・仲間に「ごくろうさん」と声をかけられ、「最高に良かった。人間臭い、いい議長だった。」嬉しかった。有終の美を飾ることが出来た。名を残すことは出来ないが、一生懸命勤めることが出来、満足である。今年から理事としての責任を抱き働こう。一つの区切りを作るため‥‥。

2006年5月27日 (土)

総代会の議長を終えて

5月25日。新都ホテルにて、第48回通常総代会が開催された。
京都府電気工事工業組合本部にとって、年間行事の最大のイベントである。役員改選の年でもあり、今年は紛糾するだろうと、大方の役員さんの懸念するところであった。
私にとっても覚悟の年である。何故かというと、前もって、議長就任の依頼があったからである。(火事場へ突っ込む感じである。)どのように対応すべきか悩んだ。所属の組合員数1680社・総代定数209名、人生経験豊富な弁の立つ代表の集まりである。議事進行に少しでも不審を抱かれたら大変なことになることは目に見えていた。本部三役・支部推薦の立場上、逃げることは許されない。今迄に何回も経験した事があるとはいえ自分との戦いである。策を考え、策に溺れることに成っては自分が哀れである。自分らしく自分に正直になろう。人の意見を聴いてあげる事、丁寧に答弁が引き出せるよう道をつける事、それが議長としての役目ではないか。
最近は、格好ばかり気にし当たり前の事が出来なくなっている、そこに無理が生じて摩擦がおきると思う。そう悟った時大変ではあったが無事、議長を務めることが出来た。

2006年5月15日 (月)

1週間を振り返る

忙しい1週間であった。関西電力の中に内線研究会(通常内研というのがあり、電気工事に関する情報・研究をする機関である)と、電気支部との合同研修会があり参加。
松下電器の展示場の見学、なにわ時空館で難波の歴史と船と人の関わりを勉強。千石船に魅せられた1日。
仕事を終えた後の始末、準備、見積もりのための下見、社員旅行の為の段取り。今回は、海外へでも行こうと思い着き、上海へ行くことに、その為のパスポート申請、と人に言えない辛さがある。時間に追われ、気持ちに余裕がない。そんな時は中々日記も書きたくない気持ちに襲われ、パソコンにむこうとしない自分がいた。そんな時はボーッとして何も考えないよう努力している。日曜日は自然を楽しむよう心がけている。

2006年5月 8日 (月)

信用が大事

連休明けの月曜日。仕事に取り掛かる準備をする、若い社員たち。充分休養が出来たと見えて顔色がいい。
今でこそ仕事があるからいいけれど、仕事の無い時、大変な思いをしたことがある。折角、休養し、仕事にかかろうにも仕事が無い。(何をしよう。)頭を抱え、出した答えが倉庫の整理。大きな倉庫でもないのにすぐに終わる。
明日はどうしよう。胃の調子は悪くなる。食事はまずい、下痢はする、散々であった。今。現在、従業員9名。順調。
いろんな苦労をしてきたからこそ、いまがある。信用というこの二文字を大事にし、若い人材が陸続と続くよう益々頑張ろう。こんな事を考える朝であった。

2006年5月 5日 (金)

心の休日

空は快晴。連休の最後の国民の祝日。私にとっても久しぶりの休みである。3日・4日と子供たちが帰ってくる。楽しくも忙しく、慌ただしい毎日。きょうはゆっくりと、のんびりと、
出来そうである。TVを見ながら、横になり、10時半ごろ興味或るシーンがあった。映し出される映像の中にはいっていく。そこには、京の離宮の雅の美しさと、携わった人たちの心が浮き彫りにされていた。仕事に追われ、自分の身の回りの素晴しさを忘れていた。反省‥‥‥。昼からは竹の郷温泉(洛西・エミナースにある健康保険の運用施設)にでもいって、身も心もリラックスしようと思う。

心の休日

空は快晴。連休の最後の国民の祝日。私にとっても久しぶりの休みである。3日・4日と子供たちが帰ってくる。楽しくも忙しく、慌ただしい毎日。きょうはゆっくりと、のんびりと、
出来そうである。TVを見ながら、横になり、10時半ごろ興味或るシーンがあった。映し出される映像の中にはいっていく。そこには、京の離宮の雅の美しさと、携わった人たちの心が浮き彫りにされていた。仕事に追われ、自分の身の回りの素晴しさを忘れていた。反省‥‥‥。昼からは竹の郷温泉(洛西・エミナースにある健康保険の運用施設)にでもいって、身も心もリラックスしようと思う。

2006年5月 4日 (木)

町のボランティア

日本赤十字社の社資及び募金集めに、三人の町会長が朝10時半に待ち合わせをし、大口出資者の名簿で、行く先を決め出発した。
安井連合会役務分担で、日赤募金の副分団長に委嘱され、委嘱証明書カードを胸ポケットに入れての出発である。名前は名簿があるから判るものの住所がわからない。地図を便りに
アッチへ・コッチヘ行ったり戻ったりと大変である。
留守宅もあり、昼も回り、次の段取りを決め解散することにした。これからはこのような判らないことでも挑戦し、役を果たさなくてはいけない!投げ出すことなどとんでもないことである。町内のボランティアと思い、この1年、頑張ろう!

2006年5月 3日 (水)

孫が来た

晴れ晴れとした天気に恵まれた、連休の3日。何も考えず最初の1日を過ごそうと考えていた。10時30分頃、階段を駆け上がる音がした。と、同時に「おじいちゃん。」長男の子供の声、孫の彩香である。久しぶりに会う孫の声、喜びで顔がほころびた。昨日、次男坊も夜遅くに帰ってきていた。東京に就職しているので、長男の子供と会うのも久しぶり、みんなが久しぶりの対面であった。声が弾む。一変に、賑やかになった。1歳半の孫は走り回る。それを追いかける。眼が離せない!疲れてきた!今度は散歩に行こうと言い出す。
「ヨシッ、行こう」手をつなぎ駅の方へ、孫と歩くのもいいものだ。なんとなく童心に返った気分ではしゃぎながら、歌を歌い、散歩する。今日は天気もいいので久しぶりに全員で鴨川の床料理を食べに行くことにした。

2006年5月 2日 (火)

人とのふれあい

昨日の暑さは何だったんだろう。朝起きると道路がぬれている。雨が降ったんだ!空はどんよりと曇っている。
雨でなくて良かった。鴨川の床での仕事なので安心した。
昨日電話して朝からの約束、床に行灯の変わりとなるポールをつける事になっていた。床一面にブルーシートが架けられていて、雨で水溜りが出来、靴下がぬれ、思わず「アーッ」声が出る。しかたないなあ。あきらめて仕事にかかる。
昨年は娘の親を招待して床料理をたんのうし、上機嫌だったことをおもいだす。人とふれあい、和み、明るく語り合う。
この繰り返しが、明日への発展につながり、平和な家庭を築ける基礎となると信じる。昼からは太陽が顔を出した。明日から連休、床にはお客さんの声が飛び交い、京料理を楽しみお酒を飲み、鴨川のせせらぎを聞き多いに賑わう事だろう。

2006年5月 1日 (月)

藤棚と私

9lyrrmki 蜂の羽音がうるさい。ブーン、ブーン。
10匹以上の蜂。大きな蜂である。花の蜜を求めて何処からか飛んで来たのだろう。裏庭の藤棚めがけて、蜂たちは寄ってきたに違いない。今、藤は満開。大きな花を付け見事に咲
いている。長いもので70センチ位の房になり垂れ下がっている。見事に咲いた花を見に近所の人たちも来て、しばしの歓談をして帰っていく。ちょっと自慢したい気持ちになった。花を愛でるというのは、心がなごむ。ゆとりが出来る。
話題が出来る。ちょっとしたことなのに、すばらしいリラクゼーションとなった。

2006年4月28日 (金)

鴨川の風情

久しぶりの快晴に包まれた鴨川。木屋町通りと川端通りの間を流れ、京都を語るに最も風情溢れる川。人の心を和ませ、愛を育む川。その鴨川にクレーン車が2台。水の流れは陽を照り返しながら淀川へと流れていく。鴨川の夏の風物、床の組み立てが開始されたのだ。きのう迄肌寒かったのに夏の訪れである。

2006年4月27日 (木)

解放

 きょう、定時総会が開催された。ゼネコンの総会である。
理事をしているので開催時間の1時間前に行かなければと、
コンビニで買ったサンドイッチを食べながら車を走らせる。
もしかしたら(昼飯が出ないかも)と思ったからである。
案の定でなかった。腹の減るほど腹が立つものは無い。
ホッとした。総会が始まった。今年は役員改選の年である。
会長に一任となっていたので、再任されるとは決まっていない。議事が進み新役員の発表となった。そこには私の名前が無かった。安心である。今年は当り年なので外れて欲しかった。希望どうりになった。町内会長を引き受けていたのでこれ以上はいいと想っていたや先だけに解放された気分になった。やれやれである。時間に束縛されることが少なくなった。安心‥‥。

2006年4月25日 (火)

研修その2

大阪天満橋・エルオオサカ。今日の研修の場所である。
昨年,通った所なのに電車を降りての道順がピンとこない。
思い出しながら地下の改札を終え階段を上る。とんでもない所に出た、急ぎ足にウロウロしながらやっとの事で
大通りに出る。大事な専門の研修である。やっとのおもいで
会場へ。朝早く出たのにぎりぎりである。
先日の研修と違って、真剣に受けることが出来た。
何事も本人の意志の問題だなあと、今日の1日を振り返る。
明日からの仕事のこと、仕事の手配の事を考えながら帰途に着いた。

2006年4月24日 (月)

孫がいない!!

いつものように玄関を開ける。廊下の突き当たりにリビング
のドアがある。ドアを開けると、ベビー布団が敷いてあり、
孫がスヤスヤと寝ていた。その布団が無い。孫の寝顔も泣き声も無い。楽しみにしていた光景がもう無い。里帰りしていた娘と一緒に帰ってしまっていたのだ。わずか1ヶ月しかいなかった娘と孫。寂しさだけが残った。人間、不思議なもので今までそんな事など考えもしなかったのにポッツカリと穴が開いたような空虚な気分になる。新しい気持ちで何か嬉しくなるようなことを見つけよう。自分の生きがいの為。

2006年4月22日 (土)

研修

遅咲きの桜が、堀川通りに、二条城の外堀に咲いている。
二条城の北に位置する会場にて研修が行われた。
2度目の研修である。国家試験に挑戦したものの不合格。再度の挑戦である。今更、と思ったが、只今60歳。一つの区切りとの想いから、受けることにした。
同じ講師と同じ教科書のせいなのだろうか、子守唄のように聞こえるのか、眠くて眠くて仕方が無かった。
緊張感がまるで無いなあ、と感じそんな事ではいけないと思いながらも寝てしまう。自分の情けなさに泣いた。
次の研修は、専門の研修である。ましてや大阪に会場を移してである。真剣に気を引き締めて行こうと誓う。

2006年4月21日 (金)

4月は活動の始まり

4月といえば、総ての活動の始まりである。
私が所属している組合もそうである。今年は役員改選の年。
理事推薦委員会の発足、総代の人選、草木も色鮮やかに花を咲かせ、新緑が芽吹き、いっそう新鮮な感じがする。
しかし、人間の組織はそうわ行かない。しがらみや、感情が作用し、大変な作業である。それと同時に、責任者は総会の資料作りに奮闘しなければならない。色んな苦労を惜しまず
頑張って、組合員の皆さんに知って戴くという所からの出発
である。苦労してこそ人間が出来るというけど、本当にそうだろうか。とはいえ、誰かがやらなければ前へ進まないのが現状である。組織の中で、上に立つこと程しんどいものは無い。現在は、自分さえ良ければ言いという人が増えてきたように思える。その中で和やかに連帯の絆が出来ていくことを望む。

2006年4月19日 (水)

藤の花

我が家にも春が来た。
裏庭に、鉢植えにされた藤の花が置いてあった。折角、庭が
あるのに植え替えてやろうと思いつき、植え替えてみた。
解き放された開放感であろうか、伸びるわ、伸びるわ、見ているまに葉をつけ、枝を伸ばし、電気のパイプで作った簡単な藤棚にいっぱいに張り巡らした。最初の年は、葉っぱばかり、何で?  手入れしないからや! 言われて枝を切った
なんと!次の年、蕾をつけ、きれいな藤の花が咲き乱れ目を楽しませてくれた。それからというもの毎年咲いている。
 或る時、ディサービスのある老人ホームへ行ったとき、
葉ばかりであった。不振に想い聞いてみた。
藤の花は、古い枝はハラッテやらないと花をつけないと植木屋に聞いたという答えが返ってきた。なるほどなあ!
何でも古いものはとりはらうべきなんだ。と、1人感心した。

   陽に映えて 蕾ふくらむ 藤の花

2006年4月13日 (木)

記念講演

 松下電工主催の全国防災会社様・感謝状贈呈式が、名古屋観光ホテルの3階「那古」において開催された。
その席上で記念講演が行われた。演題は「知っているようで知らない健康の常識」。講師は、おもいっきりテレビに出演されている松原英多先生である。息つく暇も無いほど流暢に判り易くお話をされたのには驚いた。人間の脳の衰えは何歳か?という問いがあり、色々な意見が出された。答えは73歳。脳を活性するには、パソコンもスイッチを入れなければ起動しないように、人間の脳のスイッチは、欲張りになることだという。食欲、色欲なんでもいいから欲を持つことだ。それがスイッチとなり、活生するらしい。脳に血液を送ること(良く奥歯で噛むこと)酸素を送ること(深呼吸をするか姿勢をよくすること)他にも色々教えていただいたが、‥‥。
非常に参考になり、興味がわいてきて短い時間に感じられた。

2006年4月 8日 (土)

大阪城公園にて

 大阪南港にあるイベント会場・インテックス6号館でジャンボ市が開催されていた。そのイベントへ参加するために、きょうの仕事をキャンセルして、卸屋の用意してくれた貸し切りバスに乗り込んでの参加である。コースとして、大阪城での食事が組まれていた。大阪城は見事なまでの満開の桜である。花見のための場所取りであろうか、ブルーシートがくまなく敷かれ、ピンクトブルーのコトラスト、早々と宴会を始めている人たち、焼肉を焼く人たち、桜門から天守閣への通りには花壇の展示が並び桜のトンネルをくぐった。土曜日とあって、人、人の波である。久しぶりの大阪城。
桜の大阪は始めてである。新鮮な感じがした。
美しいさくらを堪能し、イベント会場へ。安いのかどうかは判らないが、仕事に役立ちそうなものを物色してきろについた。

2006年4月 7日 (金)

入学式

 車中より「入学式」と書いた大看板が目に入ってきた。
桜の花が、お祝いに駆けつけてくれたように校門の桜は満開である。入学式も終わったのであろう、新入生が校門の前で記念写真を撮ってもらっている。いい眺めである。
八年前、入学式で祝辞を述べたのを思い出した。
PTA会長としての職務とはいえ慣れない原稿を書いて、それを暗記しなくてはいけないのである。人前でお話をすることなどほとんど無かった私、少しドモリながら話したなあ‥‥。
思い出すと、少し笑いかけた。明日を担う未来の若者たちに
心から「おめでとう。」と声には出せないがそんな気持ちで通り過ぎた。

2006年4月 6日 (木)

さくら

 久しぶりの晴れ間である。
天神川(私の住んでいる、近くの南北に流れる川である)
にも桜が花開いた、きょうは太陽の陽を浴び輝いている。
誇らしげに「どうだい。」と得意げにかたりかける。
一年に一回しか自慢が出来ないさくら、寒い冬を乗り越え
体いっぱいに沢山の花を付け、私たちの目を楽しませてくれる。あさっての日曜日は満開であろう。きっと沢山の人たちが訪れるはずである。私の心もいつになくウキウキしている。

  右京にも 桜が咲いたよ 誇らしく

       空しき心に 勇気わかんか

2006年4月 1日 (土)

木屋町の昼

木屋町。ここは三条通りから四条にかけて、高瀬川を挟んでレストラン・ピンサロ・パブラウンジが軒を連ねる歓楽街である。昔は材木を積んだ高瀬舟が運行し賑わっていた所である。その名残で木屋町という名前がついている。きょうの仕事は木屋町の一角である。
お昼の食事は、桜見物しながら食べようと思いつき、あたりを見渡すと、歩道に憩えるための石が置いてあるのを見つけた。昼の木屋町は観光の人や、5分咲きの桜を見ながら散歩する老若男女が行き交う静かな通りである。私も桜を見ながら弁当を開きのんびりと食べる。そこへ2匹の鴨がわずかな水の無い処ヘ上がって昼寝をはじめた。ほほえましい風景に
心も和む。

2006年3月31日 (金)

焼肉パーティ

 今月は、社員全員が頑張って、大きな難関をクリアーし、納期に間に合わすことが出来た!経営者にとって何物に変えがたい素晴らしい事である。二月の終わりに皆で焼肉でも食べてスタミナでもつけようと提案し誘ったけど「仕事が一段落してからにして欲しい」といわれ、きょうの給料日に社員全員で焼肉を食べに行きます。わたしのご褒美として‥‥‥。

2006年3月30日 (木)

小雨ふる北山で

京都の鴨川・北山道り。小雨が降り肌寒い。
鴨川の桜は、まだつぼみのままである。橋の上から五山の送り火で有名な舟形が見える。鴨川の水は清く澄み、4〜5羽の鴨が餌を探し、潜ったりして泳いでいる。
土手に車を止めて車の中から外の景色をみながら妻の作ってくれた弁当を食べる。食事をしている時が、何もかも忘れられる、私の一番ゆとりのある休息の時である。

2006年3月29日 (水)

寒い

 昨日は春嵐、きょうは朝から身にこたえる様な寒さである。流れるニュースは、暗いニュースばかり、どうなっているのだろう日本、そして世界、明るいニュースといえば蒙古出身の「白鵬」が21歳の若さで大関に昇進して「全身全霊でがんばります」と伝達式で述べたという話くらいである。
なんとなく寂しさを禁じえない。今日この頃である。
 近所の桜でもパット咲いてくれたら少しは心も晴れるのになあ‥‥。でもつぼみも膨らんでいるのにこの寒さ,早く暖かくなって欲しい、と願うばかりである。

2006年3月28日 (火)

ツバメを見た

 風が吹き、雨交じりの冷たい天気である。
車を走らせ、仕事の下見に行く途中のことである。
車の横をサーッと滑空するように飛んでゆくツバメを見た。
ビックリである。こんなに早くツバメを見るなんてそれだけ早く春が来たんだなあと、嬉しく思った。

2006年3月25日 (土)

春の陽ざしの中で

青空に1点の雲なし、久しぶりの暖かい陽差しの中を歩いてみた。周りの空気はちょっと冷たいがここちよい。
 昨日、孫が生まれた話を書いて、なんとなく嬉しさがこみ上げる自分がいた。
 孫の名前は「怜奈(りな)」と命名された。娘夫婦が必死で
考え、二人の想いが一致して10日目につけられた名前である。黄疸が出たり、乳もあまり飲まず痩せてきたり、乳が張って,泣く娘。名前がついて子供もやっと落ち着き、お腹が
空いたら泣くようになった。いろんな苦労をして子育てに汗して欲しいと願うばかりである。

2006年3月24日 (金)

出来事

 3月、思い出に残るような出来事が沢山あった。
先ず1番は、長女に子供ができたことである。初めての子供の出産、味わったことの無い苦しみと心の葛藤があったと娘は言う。そうであろう。私たち男は経験したことが無いだけに何もいえないが、生みの苦しみは大変だと思う。
 これからが大変だと思う。1歩ずつ苦労しながら成長していって欲しい。
 2番目は、年度末竣工という現場が沢山あり、毎日遅くまで必死になって、期日までに何とか仕上げようと頑張ってくれた社員がいたことだ。
 3番目は,そんな気ずかいをして無理をした為に、エアコン
工事を1人でして、階段から落ちてけがをするはめになったことである。大事には至らなかったから良かったものの、もしものことがあったら大変なことである。無理をせず、会社のこと全体のことを考え進んで行こうと考える。
まだまだあるけれど、このくらいにしておきたい。

2006年3月 8日 (水)

表彰

携帯電話の着信音が鳴ると、いつもドキッとする。今忙しいのに、急用の電話だったらどうしようといつも思う。
朝から4度目の電話.「急用でありませんように」と、電話を取ると消防署からである。何かあったのかな?耳をそばたてる。警防課の課長の声。知ってる懐かしい声。
この度、防火功労賞を頂ける事になりました。
つきましては3月14日に‥‥‥。嬉しいお話である。
毎年、「一人暮らし老人宅の無料配線診断」を工事組合が、夏の電気安全月間に取組んで来た事への功労ということらしい。何につけても表彰してもらえる事は嬉しいことである。
組合の実績として組合員の誇りとなり、今後の支えとなり、ボランテア活動に弾みのつくことでしょう。

2006年3月 7日 (火)

結婚記念日

3月7日。今日は結婚記念日である。覚えていたわけではない。たまたまお産前の娘が帰って来ていて、母親に聞いたのであろう。「35年たつんだってねー。」そうや、今日だったんだ。フーッと、過ぎし日々を思い巡らした。
記念日というのは,良いにつけ悪しきにつけ自分の人生を振り返る日なのだと思う。35年という時の重さを感じた。
よくここまで来たものだ‥。いろいろと苦労かけたなあ‥。
頑張って、これからも生きて生きたい。「いい人生だったなあ」とお互いにいえるように。


記念日や 妻の笑顔に 助けられ

2006年3月 6日 (月)

自治会の会長になる

日曜日。ゆっくりしよう。そう思ったのも束の間、仕事の約束もしているのに、突然の電話、自治会長からである。
今回の改選にあたり、投票の結果、会長に決まりました。
一方的である。町内会の行事に参加したことも無い仕事人間に、なぜ?鄭重にお断りしたものの町内の決まりごとだから
駄目だという、三役の方の訪問を受け再度断る。
昔、PTAの役員をやっていたから、ご苦労は判る。
何とかして役を引き受けて貰おうと必死である。
決まりなら仕方が無い。三役の方を見つけてくれたら、と引き受ける事になった。旧三役の方と(三役探し)である。
粘りに粘り、何とか引き受けてくれる目途がつき結局、私が会長を今年1年やる事になった。大変だけど前向きに頑張ろう。今年も何かにつけて忙しくなりそうだ。


町内の 選挙ばかりは あなどれぬ 希望見つけて
                 役はたさんか

2006年3月 5日 (日)

若者の集い

昨日の土曜日、或るセミナーに参加した。
体験談があり、感動した。21歳から25歳の時心の病にかかったという、その時不思議なことにある女性が自分のことを好いてくれたという、身分も違い恵まれた環境の子であったのになぜ?と思った、自殺を考え何度も、しかし死ぬことができなかった。信頼され、思いやりに触れ私の人生に転機が訪れたという。人の真心の大切さ、粘り強い対応から変っていった。今は公社の試験に合格し4月より勤務も決まっているという、明るく話す顔に自信が満ち溢れていた。


若人の 声に大光 心跳ね

2006年3月 4日 (土)

ホームページを開設

3月1日にホームページを開設する。
有限会社アイダ電機のホームページである。
どんな反応があるのか楽しみであった、早速お祝いのメッセージが届いた。嬉しかった。これからは、社長のブログに毎日書き込み、自分自身の飛躍台にしたいし、いろんな情報を入手し提供をしたい、そんな事を考えながら、明日からの出来事を中心に、私自身がどれだけ成長する事が出来るか毎日が挑戦である。最後にお祝いのメッセージをいただいた皆様に御礼申し上げます。


 冷たさを 超えた喜びに 春はある

2006年1月30日 (月)

冷や汗

1月30日

 今日は祇園町での仕事であった。小雨が降り、周りが薄暗く気分も曇りがち、でも仕事はスムーズに進行し、お昼までに終えることができた。次の打ち合わせをし帰社の途中の出来事でした。うっかりして脚立をキャリアに固定するのを忘れていたのです。横断歩道で止まった瞬間、脚立が車の前へ
異様な音を立てて落ちてきたのです。一瞬、身体が膠着したような錯覚に陥りました。ウワーどうしよう、前を見ると人が通っていない。アアー助かった。胸をなでおろしました。
今後このようなことが起きないように点検をしっかりしていこう、あせる事なく用心には用心を重ね事故が起きたときのことを考え行動しようと自分に言い聞かせた1日でした。

   はやる心 戒めながら 冬の空

2006年1月24日 (火)

人に頼る大切さ

1月24日

朝、電話の音がけたたましくなった。なんだろう、
仕事の依頼である。内容を聞いてみる。近くであった。
行こうか、断ろうか悩んだ。今日は他の仕事の約束をしていた。  新規のお客である。自分で行動すれば簡単なことである。思い切って仲間に電話を入れる。時間さえ融通できるのであれば、行ってもいいというのである。救われる。
無理することは無いんだ。自分で出来ることは自分でやれといわれるが人に頼ることも大事である。
一つ一つの積み重ねが大事である。
人間、余裕を作り、一歩前進の行動をすることを考えるのも必要である。

    朝氷り 余裕って 嬉しいな

2006年1月23日 (月)

雪の朝

朝起きると雪だった。日本海側の雪の被害が頭をよぎる、
屋根の上の雪、道路に積もった雪、今日は仕事がつらいなあ。  従業員の安全を祈る。車に乗って現場へ、雪が見てるまにフロントガラスを覆う。ワイパーが重たそうに動く
 寒さをしのぐために思いっきり体を動かす。顔は冷たいが暖かくなってきた。昼からは晴れ間も見えて雪も無くなりホッ。とした。

  安全を 願って走る 雪の道

  雪解けて 青空に舞う ゆりかもめ

  明日も元気でがんばろう

2006年1月20日 (金)

テスト

今日はテストです。